土岐にある核融合科学研究所を見学した。名古屋大学などが共同で水素プラズマを使った核融合研究をしていることは聞いていたが、見学したのは初めて。
柱のない厚さ2mのコンクリート壁で覆われた巨大な建物の中に大型ヘリカル装置(LHD)が鎮座している。少し離れたLHDの制御室には400台のPCが接続されていて、さながら宇宙ロケットのコントロールルームのよう。ドラマのロケに使われたこともあるそうだ。
プラズマとは超高温で原子核と電子がバラバラになった状態のこと。原子核は正の電荷を持っているので強力な磁場で閉じ込めることができる。LHDは、安定的にプラズマを閉じ込めるために、2本のらせん状に配置された超伝導コイルがドーナツ状のプラズマ容器を取り巻く日本独自の構造。複雑な構造で高真空を得るためには高度な溶接技術が欠かせない。
1998年に完成して以来、毎年3ヶ月間、1日に約100回のペースで、これまで19万回以上の実験が行われている。そして、水素核融合に必要とされる1億度以上のプラズマを約1時間閉じ込めることにも成功している。今はちょうど実験の合間で、装置は整備中。実物を至近から見ることができた。
ここでは水素(陽子1)もしくは重水素(陽子1・中性子1)のプラズマ実験しか行われないが、核融合発電では三重水素(陽子1・中性子2)と重水素(陽子1・中性子1)からヘリウム(陽子2・中性子2)と中性子1個が生ずる反応を利用する。この反応の前後でわずかな質量の欠損が起き、“E=質量×光速の2乗”に相当する莫大なエネルギーが放出される。
この時に飛び出してくる高速中性子がプラズマ容器の壁に衝突する際の熱エネルギーを取り出して、蒸気タービンを回すことで発電しようというのだ。1グラムの水素から発生する核融合エネルギーは石油8トンに匹敵すると言われている。
さらに、次世代の核融合として、ヘリウム3(陽子2・中性子1)と重水素(陽子1・中性子1)からヘリウム4(陽子2・中性子2)と高速の陽子1個を生ずる反応や、ホウ素11(陽子5・中性子6)と水素(陽子1)から3個のヘリウム4(陽子2・中性子2)とX線を生ずる反応が注目されている。
これらの反応は、電磁場の影響を受けないため遮蔽が困難な中性子が発生しないこと、中性子と壁との衝突により放射性同位元素が生成しないことから、よりクリーンな核融合反応と考えられている。また、生じた荷電粒子やX線から直接電気ネルギーを取り出すことも考えられる。
しかしながら、ヘリウム3は地球上にはほとんど存在しない。そのため、豊富な存在量が期待される月の探査の動機にもなっている。
また、陽子数が多いほどクーロン反発が大きくなるため、粒子同士を衝突させるためにはさらにプラズマの温度を上げる必要がある。ホウ素11は地球上に豊富に存在するが、核融合反応を起こさせるには10億度の達成が課題となる。
建物や付属施設を除き装置だけでも数百億円を要する研究プロジェクトは従来国家主導で行われてきたが、Googleなどの巨大企業が出資して2030年代までにホウ素核融合の実用化をめざすスタートアップが立ち上がるなど、宇宙開発と同様に民間企業のプレゼンスが高まっている。
はてな?がいっぱい湧いて出る興味津々な見学だった。思いつきの質問にも丁寧に答えていただき、あっという間の2時間が過ぎた。
こりゃ、参った。スマホが三枚おろしに。
スマホの画面がちょっと浮いてるように感じたので、よ~く見てみたら。本体から画面と裏面が剥がれて、アジの三枚おろし状態になっていた。スマホケースに収まっていたおかげでバラバラにならずに済んでいたのだろう。内部が剥き出しになっているのに使えるのだから大したものだ。
さて、これを接着してあと数年使えるのだろうか。店に聞いてみると、どうも新品の安いスマホを買った方が修理に出すよりお値打ちらしい。
もうしばらく使っているが、電話とカメラ、乗り換え検索、地図や辞書、ちょっとした文書やファイルを送るのに使う程度なので、今のままでよかったのだが、結局買い換えることにした。
そうしたら、データ移行やSNSのセットアップに土日を費やすことになってしまった。今までしてこなかったソフトウエアの更新やアカウントの作成、個人情報の使用やデータ連係の承認などを何度も何度も要求してきて、非常に面倒くさかった。つくづく自分がこれらのデバイスを使いこなしていないことを痛感した。
うっかりすると情報が共有されている、Instagramに投稿した記事が、いつのまにかFacebookにも投稿されている。油断も隙もあったもんじゃない。マイペースで使っているのだから、あまりちょっかいを出さずにそっとしておいて欲しいと思う。
巨峰以外にも、ハニーブラック、ヒムロッドシードレス、シャインマスカット、ゴールドフィンガー、ハニーシードレスなどなど・・・。東浦産のぶどうには実にいろんな品種があります。
ことしは異常な酷暑ではありましたが、雨でぶどうの実がはじけてしまうことは少なかったようです。
季節になりました。今年も美浜産のパッションフルーツを、ぶどうの合間に食べてます。
鶏卵よりも一廻り大きな赤紫色の実を半分に切って、中身を種ごといただきます。トロピカルな甘酸っぱさが口いっぱいに広がります。
白山に登ってきました。台風7号が接近中だったので、迷いましたが行ってみることに。行ってみたら雲の上は穏やかな晴れ。
山のベテランと二人の山行。別当出合(1260m)に車を置いて、白山室堂のビジターセンター(2450m)に宿泊、御前峰(2702m)で日の出を見て帰ってきました。谷筋から急坂を登ると弥陀ヶ原より上は緩やかな火山地形。高山植物が豊富です。
御前峰山頂から見て、すぐ隣のピークは剣ヶ峰(2677m)と大汝峰(2684m)。少し離れて南の尾根伝いに見えるのは別山(2399m)。あとは遠く離れて、見渡す限りの雲海からぽつんぽつんと見えるのは北アルプス連峰や乗鞍岳、御嶽など。
御前峰山頂では白山比咩神社奥宮の神職が、岩の上で日の出を迎えて万歳三唱の音頭を取っていました。
雲の下は真夏真っ盛り。麓の白山温泉で汗を流してきました。少し鉄っ気と炭酸を含んだ温めの湯が疲れを癒やしてくれます。
<翌早朝、伏見稲荷へウォーキング>
京都に一泊して早朝に伏見稲荷大社へ。稲荷山全体が神域で、峰を回って社巡りをするようになっています。山といっても最高峰の一ノ峰の標高は高々233m、それでも自然の起伏や沢が保たれていて、まるで深山幽谷に踏み込んだような感覚で一廻り。沢筋には滝行をする場所もあります。早朝から多くの外国人観光客が山歩きをしていました。
稲荷山からは、京都一周トレイルに沿って泉涌寺まで降りました。距離はさほどでもありませんが、社あり、尾根あり谷あり、御陵あり、寺院ありの変化に富んだコースでした。
<次は千刈堰堤>
早朝稲荷詣でから京都駅に戻ってきて、さてこれからどこに行こう?
思いついたのは神戸市水道局の文化財ダム巡り。4月に布引五本松堰堤(布引ダム)に行ってきたので、今回は武庫川の支流に造られた千苅堰堤に行ってみることにしました。福知山線の道場駅で下車、千刈ダムまで往復5km程のハイキングです。
ダムへ行く途中、道路を歩いていたらパトカーが追いかけてきたので、「何か事件がありましたか?」とたずねたら、「事件を予防しています。熱中症には十分気をつけてください。」といってチラシを渡されました。
下から見上げる千刈ダムは、堤体いっぱいに小さな放流口が17門もあるのが重厚で格好いい。高さ40m程のダムですが、それを凌ぐ規模感と風格があります。アーチの送水管ともマッチしてますね。
千刈堰堤は大正8年(1919年)に完成した表面石張りのコンクリート重力式ダム。昭和6年(1931年)に6m嵩上げした高さ42.4m、長さ106.6mのダムで、有効貯水量は堤体の規模に比べて1,100万㎥と大きいです。
平成10年(1998年)に国の登録有形文化財に登録され、近代化産業遺産にも位置づけられています。ここに貯められた水は、一つはダム直下のアーチ状の送水管を通ってすぐ下流の浄水場へ、もう一つは左岸に造られたトンネルを通って別の浄水場に送水されています。
<温泉でさっぱり>
道場駅の隣はもう三田。ここまで来たので三田から神戸電鉄に乗り換えて有馬温泉で汗を流すことにしました。
三田の駅前では地元のJCがイベントをやっていたので、ここで日本酒とモツ煮でお昼に。
神戸電鉄は登山電車の沿線が宅地化されたイメージでなんとなくかわいいと思います。
有馬温泉はあまりご縁がなかったので、この際、金泉と銀泉に両方入ってさっぱりしました。
<六甲山を越えて>
早朝は伏見稲荷、昼は千刈堰堤ハイキング、一日よく歩きました。
有馬温泉からは、六甲有馬ロープウェイと山上連絡バスと六甲ケーブルを乗り継いで、六甲山を越えて神戸経由でうちに帰ることに。
さすがに六甲山上は下界よりも随分涼しい。ちょっと夕立はあったけど、ちょうど夕暮れ時で、眼下の夜景が美しかったです。
今度もし機会があれば、掬星台に行ってみたいです。
< ホームドアならぬホームロープ? >
JR西日本の駅で見ました。「昇降式ホーム柵」というのだそうです。ホーム柵にもいろんなタイプがあるのですね。
JR西日本以外ではあまり見かけませんが、東日本のエリアでは成田空港駅などに導入例があるそうです。
7月末に親族の法事で京都へ。
暑いので、なんとなく水しぶきを感じたくて、大谷本廟のお墓伝いに清水寺へ。音羽の滝は順番待ちの列でした。
炎天下、混雑の坂道をバス通りまで降りるのが嫌だったので、木陰を求めて東山トレイルへ。結局、清水山から粟田口(三条)まで東山縦走という最も過酷な道を選んでしまったのでした。
途中、ほとんどが森の中の稜線歩きですが、将軍塚近くからの眺望はなかなかのもので、京都はもちろん大阪の市街地まで見渡せました。
3本の中から1本を選び、水を一口飲んで願いを掛けるのがマナー。
何口も飲んだり、3本すべてのご利益の水を飲んだりすると、欲深いことが見抜かれ、
願いが叶わなくなるという言い伝えもあるので、強欲は禁物です。
と言いつつ、自分も含めて並んでいた人たちは、3本すべての水を飲んでいました。
暑いのはわかりますが、なかには足や頭に水を掛ける人も・・・。
粟田口とは、京の七口といわれる都の出入り口の一つ。旧東海道がここで都に入って三条大橋を渡ります。
粟田という地名は、昔ここを治めていた粟田氏に由来します。
7月18日からB区間の今年2巡目の草刈りをはじめました。1巡目の逆、東側から攻めます。
全面刈ると時間が掛かるので、蔓の絡まっているところ、日当たりが良くて成長の早いところなどを中心に刈って、木陰で成長の遅いところは後回しにします。2回目なので草が柔らかくてはかどります。成長する今の時期に刈っておくと効果的だと思います。
これは私の勝手な想像ですが、冬が近づいてから刈るのは見栄えはいいけど、冬枯れを手伝ってやるようなものではないかと思います。とにかく光合成をさせないぞ!などと考えながら試行中。
ほぼ毎朝少しずつ刈って、7月26日はここからスタート。1巡目の草刈りから何週間か経って、もう葛が蔓延りはじめています。
今朝の草刈りで、B区間の2/3程(遊歩道の西側のスロープまで)がすっきりとしました。
8月2日に豆搗川沿いの桜並木、B区間の2巡目の草刈りを完了。
あと、A区間の刈り残しを終えれば、ABC区間、延長約1kmの草刈りを一通りやれたことになりそうです。
もう先に刈ったところの蔓が伸びてきていますが、さすがにこの暑さで草たちも参ってきています。桜も葉が落ち始めているものがあります。8月も後半になれば秋の気配がやってきます。
これからは伸びたところをピンポイントでやっつければなんとかなりそうと考えています。
< 秘湯 北温泉へ >
7月の初旬に那須の北温泉に行ってきました。那須平成の森の観瀑台の駐車場に車を駐めて、急坂を谷底に下りていったところにある秘湯です。
北温泉と言えば映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地になった所。江戸期(安政)と明治と昭和の建物が入り組んで建っています。手前の池のようなのは建物奥の斜面から湧出する温泉が流れ込む温水プールです。
今は素泊まりのみの受け入れ。古くてちょっとおどろおどろしい、平たい顔族のおじいさん達が似合う湯治宿です。
< 那須湯元から茶臼岳山頂へ >
時折雨がぱらつく中、那須湯元の鹿の湯へ。酸性の硫黄泉は入った気がするなあ。
天気が快方に向かったようなので、梅雨の晴れ間を狙って那須岳ロープウェイで九合目まで。そこから茶臼岳(1915m)山頂まで標高差250m、1時間くらいの散歩。火口の周りを回って降りてきました。
<甲子温泉>
那須連山の北端、東北地方第二の大河、阿武隈川の源流沿いにあるのが甲子温泉。栃木県那須町の隣ですが、ここまでくると福島県白河郡西郷村、もうみちのくです。阿武隈川はここから福島県の中通り地方を縦断し、宮城県で太平洋に注ぎます。
ここを通って新潟市といわき市を結ぶ国道289号は、今でも八十里越峠が不通区間になっていますが、ここ甲子峠の区間も甲子温泉で車道が消える幻の国道でした。
2008年に長さ4.3kmの甲子トンネルが開通し、白河と会津下郷が新しい道路で結ばれました。これに伴い旧街道沿いにあった甲子温泉の門をくぐっていた旧国道路線が廃止され、谷を跨ぐ橋梁とトンネルに付け替えられました。新道開通を契機に冬季は休館していた甲子温泉は、宿を建て替え通年営業となりました。
旧道が登山道に変わるところには源泉があって、甲子温泉の内湯と数キロ下流の新甲子温泉に引湯されています。
特筆すべきは、宿の対岸の岩盤に湧く無色透明の清冽な湯。大きな岩盤をコンクリートの湯船で囲った水深1.2mのプールのような大浴槽の側面から湧きたての湯が注がれていて、かつ湯船の底の岩盤の割れ目からのぬる湯も加わって、底まで見える澄み切った大量の湯が浴槽から溢れ出ているのは、入っていて実に気持ちが良いものです。
1384年(至徳元年甲子(きのえね)に修行僧が発見したことから甲子(かし)温泉と名付けられたと云います。寛政の改革で知られる白河藩主松平定信公の別邸であった建物が敷地内にあります。2008年に付け替えられる以前の国道路線は、旧街道沿いにあったこの別邸脇の門をくぐっていました。
さらにその先では狭い登山道に路線番号標識が立っていて一種の名所となっていたそうです。
< 大谷石の採掘場 >
那須の帰りに宇都宮市郊外の大谷石の採掘場に寄ってきました。
300mもの厚みのあるという凝灰岩の地層をくりぬいてできた地下の大空間を見てみたいと以前から思っていました。
付近には今でも多くの採掘場がありますが、大谷資料館は常時見学できるミュージアムになっています。ここでは、コンサートや美術展、結婚式、そして映画やドラマの撮影なども行われています。洞内は夏でも12℃ほどです。
周辺では大谷石で造られた石材屋の建物や蔵も多く見られます。
大谷石には、独特の風合い、耐火性、吸音性、軽さ、加工のしやすさなどの特徴があります。大正時代に建築家フランク・ロイド・ライトが、旧帝国ホテルの素材として使用したことは有名です。明治村にはその一部が保存されています。
C区間の草刈りを完了して、7月4日からA区間の草刈りに入りました。ここ数日は早朝でも暑いので、夕暮れの時間帯に作業をしています。
12日に豆搗川沿いの桜並木の草刈りに行ったら、A区間の西側の道路沿い(蛇子連の信号の近に近いところ)の草が刈ってありました。
どなたかが刈ってくれたのですね。有難いことです。
この日は午後から晴れて、作業の帰りがけはちょっと夕焼けでした。
17日朝に行ったら、また道路脇を刈ってくれてあって、これで葛とフジがしつこく巻き付いていたエリアは完了。この日は遊歩道沿いの桜の木の下を少し西進。そして同区間の川沿いを刈りました。
あとA区間は桜並木下の西側と川の土手が一部残っていますが、これでA区間は目途が立ちました。
ぼちぼち(以前刈ったB区間で、もう葛が巻き上がってきているところがあるので)B区間2回目に移っていこうと思います。
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