それでもボクはやってない
周防正行監督の「それでもボクはやってない」を見た。痴漢の冤罪を扱った2007年の話題作だ。何の罪もない人間がいつの間にか被疑者、容疑者、被告人、犯人にされてしまう。自分もすっかり主人公になった気で見てしまった。
主人公の設定は多少異なるが、この映画のネタとなった原作「お父さんはやってない」も読んでみた。駅で突然痴漢呼ばわりされ、家族と連絡も取れないまま鉄格子の中へ。自白・示談を拒否して、起訴。職を失い、それでも友人や弁護士、支援団体に支えられながら、一審、控訴審で検察と闘い、ついに逆転無罪を勝ち取った矢田部さん家族の手記だ。
取り調べ、勾留、証拠集め、法廷の様子が克明に描かれている。差し入れの際に、容疑者の洗濯物などの所持品を家族が持って帰ることを「宅下げ」というのだそうだ。お上が上で、市民(容疑者)は下、普通に暮らしていると気づかないが、そこには歴然とした権力構造がある。
自分だったら自白の誘惑に負けず、最後まで気丈に裁判を闘い抜くことができるだろうか。
容疑者となった家族や友人を助けるために、何度も何度も、裁判に勝つまで自分の時間と労力を割くことができるだろうか。
痴漢被害者の側から見るとどうなるのだろうか、無実の罪を着せられた側とはまたかなり視点が違ってくるのだろうか。
そんなことも感じながら、一気に読んでしまった。
そもそも不運な事件に遭わなければ経験しなくてよかった失われた2年間。それでも、最後は静かな感動が湧き上がってくる一冊だ。
次々に発生する事件を書類で判断、ベルトコンベアーのように処理していく司法システム。裁判官も時間がないなかで、同時に200件もの事件を抱えて、その処理能力を評価される。迅速に処理したいし、検察、警察と対立しても得することは何もない。そんな背景の中での有罪率99.86%。一度も無罪判決を出したことがない裁判官がたくさんいるらしい。
それで思い浮かんだのは、一度も行政提案に対して反対したことのない地方議員。首長の方針に従い大勢の職員がチェックを重ねたであろう行政提案に、わざわざ自分で調査し反対理由(さらには対案)をつけて反対するくらいなら、何もせず大勢に身を任せて賛成していたほうがどれだけ楽なことか。
著書の中で妻の矢田部あつ子さんは言っている。「政治、司法に無知であることは恐ろしい」「政治や世の中の動きに目を凝らし、いい加減な政治を見過ごさないことが、子どもたちの将来を守っていくことにつながる」とは、当事者になってみて初めて言える言葉だと思う。
もうすぐ裁判員制度が始まる。確かに司法への(究極の)市民参加だが、人を人が裁くことの難しさは計り知れない。
まっとうな市民感覚が裁判に反映されるのならよいが、それこそ、その場限りのムードの中で、感情的な、非合理的判断がなされることはあってはならないと思う。
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コメント
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私は主人公の母親になった気分で見てました。さすがに地方議員さんのことは思い浮かびませんでしたが、お上に任せっぱなしの日本の体質を、自分自身のことも含めて痛感しました。任せて言いなりになっていたほうがラクなんですよね。
裁判員制度の導入はやむをえないと思いますが、一般市民のお任せ体質が変わらない限り、裁判が危ないことには変わりないような気がしてなりません。
投稿: 絵本の虫 | 2009/05/08 00:02
そうなんですよね。ふたん市民参加を唱えている私自身も、「裁判」となるとちょっとビビります。
それから、自業自得の行政への参加と、他人を裁くのは少しわけが違いますし。
投稿: 神谷 | 2009/05/12 08:57