永見池の睡蓮、お地蔵さん、上三ツ池周辺のいまむかし
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航空写真で比較すると、どれだけ里山が減ったかが一目瞭然ですね。ところで昔は、これほど広い里山をどうやって維持管理されていたのでしょうか?
投稿: 絵本の虫 | 2009/07/07 00:22
昔は、水源林でもあり、山の幸がとれる場、落葉など堆肥の原料や薪などの燃料採取の場だったのでしょう。
愛知用水ができて石油が普及するにしたがって、里山の食料・エネルギー資源としての価値は低下していきました。
採取活動そのものが「維持管理」だったのですが、里山がメインの炭素資源だったために、戦前の写真などをみると愛知県は禿山だらけだったことがわかります。
投稿: 神谷 | 2009/07/08 00:18