« リニモに乗って、モリコロパークへ | トップページ | ふるさとの散歩 ~坂部城に於大を偲ぶ~ »

2010/09/27

議論しない日本の地方議会

日本の地方議会は、議員一人一人の責任ある議論の場になっていないと言われています。

神奈川県議会議員の菅原直敏さんは、ご自身のメルマガ(私はこのメルマガを彼が大和市議会議員の頃から拝読しています。)で、「地方議会は『質問』中心の議会運営に慣れ過ぎて、本来議会に求められる『議論』をほとんど行ってこなかった」と指摘されています。全く同感です。
菅原さんのメルマガ「菅原直敏の議会報告48」から引用させていただきます。冒頭に中国の話が出てきますが、本題は日本の議会についてです。地方議会のどこがおかしいか議員自身がわかっていないと嘆いていらっしゃいます。

─────────────────────────────────
  ■ 想像できないこと
─────────────────────────────────
 「中国人にいくら選挙の説明をしても理解してもらえなかったよ」、先
日、地方議員・市長を経験された代議士とお話をする機会があり、その時
に出た話です。中国では選挙が行われないので、一般の人の中には選挙と
いう民主主義の概念を理解できない人もいるのでしょう。

 遡って、福沢諭吉も民主主義を理解するのに苦労をしたようです。当時
の日本には民主主義という概念がなかったからです。

 同僚の議員に、「議会は議論する場ではないでしょうか」といっても理
解してくれる人は少数です。地方議会は合議機関であると定まっているに
もかかわらずです。「質問」中心の議会運営に慣れ過ぎて、本来議会に求
められる「議論」をほとんど(実質的にはまったく)行ってこなかったから
でしょう。現在の地方議会は無責任な要望・陳情が飛び交う一種のカオス
になっています。

 その方からもう1つ出てきた言葉は、「日本の地方議会は、学問的にも
世界的に異常だが、問題は当事者である議員がそのことに気づいていない
ことだ」です。まさにその通りだと思います。

 ところで、現在、名古屋で市議会のリコールが行われています。署名数
が目標の36万にあと少しで届くそうです。当初は河村市長を中心としたリ
コール運動に批判的な声もありましたが、運動を通じてむしろ住民が覚醒
し、現在は住民が主体のリコール運動に変容したようです。

 少し荒いやり方かもしれませんが、リコールが成立したら、議会には大
きなショックが走ると思います。残念ながら、多くの議員には地方自治を
変える意識も気概もありません。住民の意識こそが自治を変えていく原動
力となるのです。

 想像できないことを想像できるようにする。誰かが啓蒙活動を行わなけ
ればなりません。

─────────────────────────────────

 

松阪市議会議員の海住恒幸さんは、「会派をなくせいばいい、議員が思考停止している、自らの責任と判断を放棄している」と会派制を批判しておられます。日本の地方議会では国会の政党にならって、会派を組んで党議拘束をかけるのが常識になっていますが、これが議会の機能不全と深くかかわっているのではと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
会派なんて、議会から無くせばいいんです。

20人や30人の議会で、なぜ、そんなもの必要?

会派があることで、議員自ら思考を停止し、賛成か反対の挙手マシーンの仕事しかし
てこなかった議員が多いわけでしょ?

ある議案に賛成(反対)して有権者から「なぜ、あの議案に賛成(反対)したの
か?」と問われれば、「わたしは反対(賛成)なんだけれど、会派で賛成(反対)と
申し合わせたので・・」という言い訳をする会派議員。

ひとりひとりが思考し、自らの判断と責任で行動する、当たり前の大人のルールが議
会の中で適用されないことに、甘えがはびこっています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

|

« リニモに乗って、モリコロパークへ | トップページ | ふるさとの散歩 ~坂部城に於大を偲ぶ~ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/80448/49573154

この記事へのトラックバック一覧です: 議論しない日本の地方議会:

« リニモに乗って、モリコロパークへ | トップページ | ふるさとの散歩 ~坂部城に於大を偲ぶ~ »