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2010/11/19

半田市議会議長が『議会内閣制』を特区申請

きのうの中日新聞にこんな記事が出た。

半田市に「議会内閣制」を 議員が予算提案、部長など兼務

2010

1118日 中日新聞朝刊1面

 愛知県半田市の新美保博議長は17日、議会にも予算の提案権を認め、副市長や部長を議員が兼ねる「議会内閣制」を、現行の地方自治法でも実現できるよう、規制緩和を求めて、内閣府に構造改革特区を提案申請した。

 議員の予算提案や兼職は地方自治法が禁じている。特区の提案は自治体だけでなく議員も可能で、3カ月程度の審査で認められれば、全国でも初めてとなる。大阪府や名古屋市などで首長と議会の対立が鮮明化する中、同法の改正論議にも拍車がかかりそうだ。

 首長と議会がともに選挙で選ばれる「二元代表制」は、両者が全面対立した末の根本的な解決策がないなど、限界も指摘される。首長か議会のどちらの権限を強化するか、議論は分かれている。大阪府の橋下徹知事らも、支援を受ける議員を幹部に任命する案を提唱しているが、今回は、議会側が首長に権限移譲を求める逆の形。

 構想では、市長とともに、議員が兼職する副市長や部長らで「内閣」を構成。予算案をはじめ議案の企画段階から関与し、内閣として議案を提出する。半田市は市長と議会の対立構図になっていない。まずは市幹部との兼職はせず、予算案の企画段階から議員が正式に加わるなど、段階的に取り入れる。

 新美議長は有識者らとの勉強会に参加。地方自治のあり方を模索する中で、議院内閣制のモデル的な実施を決めた。「予算の提案権も執行権も認められていない下では、議会が仕事をするにも限界がある」と強調。所属する同市議会(定数25)の保守系会派「至誠クラブ」4人で共同提案している。特区として実施するには市長の同意も不可欠だが榊原純夫市長は「地方自治の在り方を調査、研究することはやぶさかではない」と話している。

【議会内閣制】 予算編成や行政の責任を議会側にも持たせるため、議員が副市長や局部長など自治体の幹部を務める。議員の兼職は地方自治法が禁じているが、総務省の地方行財政検討会議が今春、公表した地方自治法改正に向けた「基本的な考え方」の中でモデルとして示している。橋下徹大阪府知事や石田芳弘衆院議員(民主)らは首長側の視点から議員の幹部登用を提案している。

 

二元代表制 限界との認識

「議会内閣制」を半田市議長申請

無用な混乱防ぐ狙い

20101118日 中日新聞朝刊28

 地方自治法の改正論議に火が付くか―。愛知県半田市の新美保博議長が「議院内閣制」を特区申請した背景には、名古屋の「乱」のように、二元代表制が限界に来ているとの認識がある。政府が年明けの通常国会にも地方自治法の改正案を提出する見通しの中、自治のあり方が問われている。

 「議会はいらないという声もある。予算編成にも執行にも関与できないままで、議員に働けというのには無理がある」と言うのは、新美議長を理論面で支える後藤房雄名古屋大教授。「市長と議会の見解が大きく異なる場合、収拾が不可能」と二元代表制の問題点を挙げ、議会の権限を強化すべきだと主張する。

 前埼玉県志木市長で、同県議会議長の経験もある穂坂邦夫・地方自立政策研究所理事長も、二元代表制の限界を指摘する。「1人(首長)を選ぶのと、多数(議員)を選ぶのと、民意が同じになるわけがない。両者が熱くなればなるほど、残るのは感情的な対立。首長の不信任と議会の解散が延々と繰り返されることになる」と名古屋市などでの混乱を見通す。「中央集権体制が強かった今までは、議会は飾りでも良かった。いつまでも同じシステムに固執する必要があるのか。自治体の規模によって二元代表制や議会内閣制など、選択肢があって良いのでは」と話す。

 議会内閣制であれば「市長と議会の多数派が連携して活動でき、無用な混乱は起こらない」と後藤教授は強調する。議会のチェック機能が弱まる恐れはあるが、市長や市議の解散請求(リコ-ル)制度などのハ-ドルを下げるなど、より市民に使いやすくすることで対応できるという。

 一方、三谷哲央・三重県議会議長は「議会内閣制では、議会主流派の議員が市長の部下になってしまうため、議会が市長に取り込まれてしまう。市長をチェックする本来の役割が果たせず、議会の自殺行為だ」と批判する。

 半田市議会をはじめ来春は統一地方選が控える。「議会内閣制」が現実味を帯びれば、統一選の争点に浮上する可能性もある。

 

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          ↑橋下知事が提案する議会内閣制のモデル

それぞれの地方自治体で、自分達の自治の形にあった民主主義の仕組みを模索することは結構なことだと思う。

だが、現行の二元代表制よりも議会内閣制が優れているかといえば、必ずしもそうとは思わない。

日本の地方自治制度は、執行権を持つ首長と議決権(意思決定権)を持つ議会が、ともに選挙で選ばれ、相対する二元代表制を採用している。

しかしながら、この二元代表制が十分に機能しているとは言えない。大体、議会から執行部(内閣)を出すわけではないので、与党とか野党とかいう区分けはありえないはずだが、首長を支援した議員や党派が体制翼賛会をつくって与党ヅラをしているケースを頻繁に見かける。本来議会側が議案を提案して、議員どうしで議論するはずのところが、行政側が提案してそれを追認する形になっているのはどこの議会も似たり寄ったりだ。

二元代表制の下では議長は首長と並び立つ意思決定機関の長なのに、実際には任期1~2年で持ち回りの名誉職で、意思決定機関の長としてのリーダーシップを発揮しているとは言い難い。

そんなことなら、初めから議会から執行部を出す議会内閣制にすべきではないかという主張にも一定の理がありそうだ。ここでいう「議会内閣制」とは、公選の議員が公選の首長とともに内閣をつくって、執行機関の幹部を兼ねる仕組みだ。

けれども、ただでさえ体制翼賛的になりがちな議会を議会内閣制にしたときに、はたしてチェック機能が働くのだろうか。議会が首長側に取り込まれて、馴れ合いを助長する恐れがある。

記事の中では、首長と議会両者が全面対立した末の根本的な解決策がないことを「二元代表制」の限界としているが、いままで「限界」を感じるような全面対決があったのだろうか? むしろ、首長と議会がまともに対峙してこなかったところに問題があるのではないだろうか。最近、名古屋市が注目を浴びているが、私は、むしろ適当な刺激や対立が自治体や議会を生まれ変わらせるチャンスを作っているのではと思う。(阿久根市の場合はもっと深刻かもしれないが、永久にリコール合戦が続くとは考え難いのではなかろうか。)

完全な議会内閣制は、国会の議院内閣制のように、公選の議員が首長を互選する形だろう。現在、あまり代わり映えのしない地方自治体のダイナミックさをとりあえず担保しているのは、首長が住民の直接選挙で選ばれているからだと思う。議員の数も多く、時代の変化に即応できない議会に比べて、首長は1回の選挙で確実に変わり得る。また、住民からしても、首長を直接自分たちの手で選ぶ権利をわざわざ失って、他人に委ねるのは得策とは言えないだろう。議長選びのように1~2年で首長がクルクル代わるのでは地に足のついた自治体経営とは言えない。まるでどこかの国の総理大臣のようだ。

いずれにしても、二元代表制の下で、できるのにしてこなかったことはたくさんある。議会自らが議員の発言に制限をつけて縛ってみたり、議論を活性化するとは思えない慣例がいっぱいあったり。行政はせっせと住民参加を進めているのに、肝心の議会への住民参加、議会と住民の情報交換は一向に進まない。予算提案権はないけれど、予算の修正権は持っているのに、活用はしていない。立法機関なのだから自分達で条例も作ったことがない。などなど、二元代表制を否定する前に、二元代表制を駆使してやれることはたくさんあると思う。

 つれづれログ内で、”二元代表制 v.s. 議会内閣制”の関連記事は、下記を参照。

 「第6回全国自治体議会改革推進シンポジウム」のパネルディスカッション・・・橋下大阪府知事と三谷三重県議会議長のバトルは聴きごたえありhttp://kamiya-a.cocolog-nifty.com/turezure/2010/08/post-e514.html

 「市民自治…我々はどう考え どう行動するか」・・・福嶋浩彦前我孫子市長の講演http://kamiya-a.cocolog-nifty.com/turezure/2010/08/post-3492.html

 東京財団政策懇談会「地方議会の改革 ~ニセ議会基本条例を斬る~」http://kamiya-a.cocolog-nifty.com/turezure/2009/07/post-6a1f.html

 東京財団「地方議会の改革シンポジウム」に参加してhttp://kamiya-a.cocolog-nifty.com/turezure/2010/04/post-82d1.html

 「地方議員年金の廃止へアクション!」に参加してhttp://kamiya-a.cocolog-nifty.com/turezure/2010/09/post-8221.html

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コメント

6年も前に議論されていた。無知を恥じます。
>などなど、二元代表制を否定する前に、二元代表
>制を駆使してやれることはたくさんあると思う。
北川正恭さんは議論をopenにして首長が議会と対峙した。どちらも馴れ合いに陥らないで緊張を保つことは役割としては相当重いと感じます。「住民本位」「住民ファースト」、いつも住民に問いかけ続ける姿勢が根本でしょうか。自分の立場をブレさせないキツイ役割です。

とだ-kさま

おっしゃる通り、慣れ合いはいけないし、無意味な感情的な争いもしない。政治ごっこにも興味はない。まずは、所与の二元代表制をとにかく真面目にやる。これが住民益にかなうことだと信じています。

僭越ではありますが、東浦町では議員の当選証書授与式の時に町長からお話しする機会がありますので、平成27年4月、新たに選出された議員さんたち対して以下のようなことを述べさせていただきました。

地方議会の議員の仕事といえば、所属政党の国会議員や県会議員の選挙を手伝うこと、行政の行事に来賓として出席すること、支持者の御用聞きをして行政に便宜を図るよう口利きすること、だと信じている人が実に多いのではないでしょうか。でも、これらはどれも議員本来の仕事ではありません。
議員の仕事とは、市民の意見を集約しつつ、行政に対して政策提言をし、また、行政の不正や独断がないかチェックをすること、なかでも、最も大切なことは、議会でお互いに議論して、自分なりの考えのもとに議案に対する賛否を明らかにすることです。議論をして議会としての結論を出すこと、自治体としての意思決定する(条例制定・改正や予算を決める)ことです。
この自覚が求められています。議員のみなさんには、一人一人に意思決定の重い責任が課せられていて、自分の賛否について市民への説明責任がかかっていることをゆめゆめ忘れないでほしいと思います。

立場をわきまえず僣越な言い方をして補足しようと考えていたところです。力のないのものが先のようなコメントを書くべきではないと思っていました。
ご参考になるか。下記の番組がありました。
NHK BSプレミアム 英雄たちの選択"秀吉の中国大返し"10/20放送 は秀吉が京都まで素早く帰ることができたいくつかの理由が討論されていました。備中高松城後方対戦相手の毛利輝元の弾薬等の供給元としての村上氏への対策が打ってあった、秀吉軍の兵器、食糧を運搬している部隊へ米6斗(半年分の米)の提供、退路経過地に影響力のあった四国長宗我部氏への根回し、吹田辺りの大名への偽情報等、信長の死を知ることによって秀吉を妨害するかもしれない経過地の有力者や信長の家臣の有力対抗馬に対する牽制も抜かりがなかったという解説がありました。統括本部長には必見の番組だと思いました。
蛇足:家康の動きは番組に出てきませんでしたが、新井白石の藩翰譜の本多忠勝の章に載っています。家康は長篠の戦いの後駿河も平定して甲斐の国に攻め入り武田氏を滅ぼした。このことを信長は大層喜び家康を安土まで呼び、途中の宿宿で馳走を振る舞い安土でも家康を歓待したという。そして京都でも歓待したという。その後信長のススメで堺まで足を伸ばしたようです。本能寺の変は大坂堺の検分からの京への帰りの途中に知ったといいます。信長から恩も受けていて、信長のために光秀と一戦したいが家康の回りには少ないお供しかいなく、雑兵にやられるだけだ、知恩院に入って切腹するつもりだというのを本多忠勝らがひきとめた。三河まで帰るにしても不案内な土地柄、知らぬ野山をさまよううちに山賊強盗にやられるのは悔しいから、やはり京都へ行って切腹しようと思うと家康はいったという。しかし途中に明るい部下の竹丸(服部半蔵の説も)の取り計らいで、兵隊を集めたり食糧を集めたりして、伊賀、伊勢を経て三河まで帰ったという。体制を立てて出国して尾張へきたときに光秀は秀吉に征伐されたとの連絡を受けて引き返したという。以上たまたま先ほど読んだ「藩翰譜」の本多忠勝に記述がありました。桑原武夫編新井白石集(筑摩書房)1970
秀吉大返しの途中、近くに家康がいたわけですが、秀吉は家康とは連絡を取らなかったことになります。お互いの行動は知らなかった?

「慎重にして大胆」と「小心にして大雑把」は対極ですが、仕事を達成しようとすれば、知恵と周到な気配りは欠かせないということでしょうか。

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