« 自然環境学習の森で水辺部会の作業初め | トップページ | 平成22年12月定例議会報告をホームページにアップ »

2011/01/10

法華寺~平城京跡~唐招提寺~薬師寺の8kmを歩く

町内在住の方がウォーキングの紀行文を寄せてくれます。今回は、昨年、奈良を歩いた時のレポートです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

法華寺~平城京跡~唐招提寺~薬師寺の8kmを歩く

10月26日名鉄主催のバスハイキングで、奈良の佐保路から西の京を歩きお寺巡りをしてきました。7.30に名古屋のバスセンターを出て二度の休憩タイムをとり、10.40に奈良市立一条高校脇に到着。

1 大和三門跡尼寺「法華寺」の見学

早速ウオーキングを開始。バスを降りるとそこには1200年前奈良朝の時代、日本初の公開図書館「芸亭(うんてい)」のあった場所、一条高校付近にあったことを伝承するために説明板が建てられたとある。ここは佐保路三観音の一つ不退寺の近くだが、時間の関係でここはパスして法華寺へ向かう。佐保路三観音とは不退寺、法華寺、海龍王寺の三つを言いう。7.8分も歩くとムシコ窓のどっしりした家が現れた。周りの家とは違い趣のある重厚感が漂い、美しくすばらしいと感る。

そしてまもなく法華寺に到着すると、「光明皇后1250年大遠忌法要」の看板がひときわ目立っていた。創建は天平17年(745 )光明皇后開基のお寺で、元は真言宗だったが、1999年に離脱し光明宗と称する。この寺は中宮寺、円照寺とともに大和三門跡尼寺の一つと言われ、藤原不比等の邸宅跡に光明皇后によって建立された。本尊は国宝の十一面観音立像で光明皇后をモデルにしたと言われている。平家物語の滝口入道の悲恋話しで有名な、横笛が出家した寺としても知られている。門をはいると左手に池がありその中にお堂が建っているが、あの造りでお茶室かな?? 本堂の前にはソテツと松が左右に植えられている。

裏手に回ると「から風呂」がある、これは光明皇后が千人の垢を自ら流したという伝説のむし風呂で民俗文化財になっているという。ここも外からの見学のみにして次へ移動する。

次はほぼ隣に位置する海龍王寺で、門をはいると瓦と土を交互に積み重ねた土塀が印象的であった。この寺は飛鳥時代に毘沙門天を安置して建立された寺で、平城京の東北(鬼門)の方角を護るため光明皇后より海龍王寺とあらためられたという。
だが、門をくぐり中庭をのぞいただけで移動した。というのも今回のハイキングは最後の薬師寺を見学して、薬師寺の駐車場に15.30必着という条件があるので平城京跡、唐招提寺、薬師寺の見学時間を多く取ることにしたのだ。

Narahokkeji          法華寺

2 平城京の遺構展示館を見学

海龍王寺を出て少し歩くと昔風の建物が現れた、漆喰の白と黒のツートンカラーの二階建ての建物には赤い郵便のマークがついていた。粋な建物だが周りの建物からすれば孤立しているとも言える。そこからさらに進むと家並みも途切れ、平城京跡が遠望出来その手前に遺構展示館がある。法華寺は拝観料700円だったがここは無料で、そのうえ展示は分かりやすくて良かった。その手前には律令制で規定された八省の一つ、宮内省跡に「正殿」「倉庫」などが復元されているが、これらはみな天皇家のために仕事をした施設だという。

遺構展示館の主なものは、建物の柱跡が当時の地層とともに見られるようになっている。同じく当時の排水溝とも言える石組み(レンガが並べられている )がそのまま見られる。この石は今日になって並べたものと思い、係り員に尋ねると発掘された現物で当時のままだと言う。この答にはいささか驚いた、ということは1300年前にレンガも作られたことになる。

ほかには井戸に使われた大きな杉の木の展示や、お酒を作る役所の説明がパネルで展示されており、1300年昔の姿を垣間見ることができる。建物を出た所には井戸の跡も復元されていた。
この辺りは遮るもののない草原が広がり、大きな建物である第一次大黒殿の一部を望むことができる。

Naraheijoukyou          建物の柱跡

3 威容を誇る大極殿

平城京跡ガイドマップを見ると1km×1.5kmほどのエリアに第一次大極殿前庭、南門広場、交流広場、エントランス広場、朱雀門東広場、院庭園広場、遺構展示館、体験学習広場などが配置されている。すべてを見学するには一日あっても無理だろう、朱雀門を13.20には通過することが必要なので、まずは第一次大極殿を見るため係り員に入口を聞くことにした。するとぐるりと遠回りをして広場内に入るようになっていた。時計回りの一方通行で大勢の人がぞろぞろ歩いて行く後ろについて進む。前庭は柵で仕切られ200m×300mほどの広さがあり、そこには施設は何もなくて工事用のクレーン車が動いていた。写真を撮るにも柵やクレーン車が邪魔になる、さらに進むと大極殿前に芝生が一面に敷かれ、建物を遠くから取り巻くように道があった。ここなら邪魔者なしで写真が撮れる、さっそくシャッターを押す。見ると大極殿の中に入って見学している人たちが小さく見える。入口には順番を待つ人たちがたくさん並んでいる、これではだめとあきらめた。

緑の芝生に映えてそびえ立つ朱色の大極殿がまぶしい、その姿をしっかりまぶたに焼き付けて先へ進む。この大極殿は朱雀門の真北800mにそびえ、高さは44m、直径70cmの朱色の柱44本、屋根がわら97.000枚を使っている。平城宮最大の宮殿で奈良時代の中頃に一時移築され、山城国の国分寺金堂になった。当時、天皇の即位式や外国使節との謁見など、国の最も重要な儀式のために使われたという。マップには第二次大極殿も記されており、このような宮殿が二つあったようだ。

広い会場のすみを近鉄奈良線の線路が通り、人々の移動にハートフルトラムが走っている。でも、利用制限があり75歳以上のお年寄り、障害のある人、幼児などの専用になっていた。このあと小休止してから朱雀門をでて次の唐招提寺へ向かった。

Naradaigokuden          第一次大極殿

4 簡素な美しさ「唐招提寺金堂」

阪奈道路を西に向かって少し歩き、今度は秋篠川沿いのサイクリング道路を南へ向かって歩く。

川沿いの穏やかな散策は奈良でなくとも風情がある、何が釣れるのか釣り糸を垂れる人も何人かいた。途中で鯉の泳ぐのが見えたので魚のいることは間違いないようだ。さらに進むと道沿いに小学校があった、ふと見ると屋根が唐招提寺のような寄棟になっているではないか!! さすが奈良の学校と感心した。そして13.10唐招提寺に到着した受付を済ませて南大門を一歩入ると、参道の玉砂利の向こうに何とも言えぬ優美な美しさの国宝「金堂」がある。豊かな量感と簡素な美しさを兼ね備えた天平様式、正面に並ぶ8本の柱の吹き放ちは遠くギリシャの神殿建築法が、シルクロードを越えて伝来したかのように感じさせる。柱の間ごとにかけられた暖簾のようなものは、絵柄と色がすばらしく調和していると感じた。これこそ日本の美的センスではなかろうか。

唐招提寺は鑑真和上が日本からの熱心な招きに応じて6度目の航海で日本に来られ、東大寺で5年を過ごされた後、新田部親王の旧地を賜って創建された鑑真和上の私寺から始まった。唐招提寺は律宗の総本山、金堂には高さ3mに及ぶ本尊「廬舎那仏」を中央に巨大な三尊がい並び、厳粛な空間を生み出している。金堂の後ろには講堂があって、ここにもたくさんの仏像が並ぶ。

先日の森岡小学校の子供たちではないが、なぜこんなにたくさんの仏像があるのだろうか? そして、仏様の種類はなぜこんなに多いのか? よく分からないことばかりだ。長屋のように長い建物の講堂は、落ち着いた雰囲気が感じられる。このあと寺の宝物を展示する新宝蔵を見学した、ここにもたくさんの仏像が展示されていたが、その中で特に印象的だったのが国宝の「金堂の鴟尾(しび)」だ。
現在の金堂の屋根にある鴟尾(しび)は偽物が鎮座している、本物の東方は鎌倉時代、西方は奈良時代の物であり制作年月日が刻まれていた。

Naratousyoudaiji          唐招提寺 金堂

5 西の京駅前でホットタイム

南大門の入口に茶店があリ、コーヒーの文字も見えたので休憩することにしてイスに腰を下ろした。ところが注文を聞きに来る気配もなく奥で準備に追われている様子、これではいつになることか分からないので店を出た。薬師寺の方角へ向かうと喫茶店を見つけた、やれやれと思ったら休業だった。がっかりして歩を進め薬師寺の興楽門に到着した、すると隣に軽食の店があったのでのぞくと満席だった。がっかりしたが、やはり休憩したかったので駅前ならお店があるだろうと、すぐ近くの西の京駅まで行ってみた。思った通りで一軒のレストランがあり、ぜんざい、力持ちうどんなどのメニューが見えたがコーヒーをいただき落ち着くことができた。

ほどなくして「おばちゃん」と「おじさん」のグループが入ってきた、何を注文するか大きな声で話し合っていたが、一人のおじさんが「力持ちうどんは何が入っているの?」と聞くなど、とても賑やかな人たちだった。疲れていたが腰をおろしてゆっくり休憩することができたので、最後の薬師寺見学に向かった。

6 観音池に映る薬師寺

水面の後ろにたたずむ金堂と仏塔、その背後には緑の丘が広がっている。これが法相宗大本山 薬師寺のパンフレットである。800円の拝観料は少し高いと思うが・・・.白鳳伽藍の裏手から入場して大講堂、東塔、西塔、金堂と見て回った。一番大きな建物は大講堂で、金堂より大きいのは古代伽藍の通則で、教学を重んじ講堂に大勢の僧を集めて経典を講義したからという。奥行き21m.正面41m高さは17mある。

次に六重の塔のように見える東塔へ、でもこれは三重の塔だという。各層に裳階(もこし)をつけているため六重に見える、この特異な形が全体として律動的な美しさを保ち、” 凍れる音楽 “ という愛称で呼ばれているという。東塔は近く解体修理に入るというので、大勢の見学者の長い列ができていた。

これではとても駄目とあきらめて人の少ない西塔を見学した、この塔は昭和56年に再建されたもので、内部は四方を向いて仏様が鎮座していた。この塔はどのような目的で造られたのか、アンコールワットの遺跡を見学したときも思ったものだ。経典の保管庫、今ならさしずめ図書館にでも相当するものなのか。仏様を安置するのなら高い塔にする必要性はない、やはり、そこには” 権威 “ を示すという大きな狙いがあったのだろう。それにしても素晴らしい建築物である、薬師寺は天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、さらに文武天皇の代に至り、飛鳥の地において完成した。
その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されたという。

一通り見学して薬師寺の駐車場に到着したのは予定どおりで15.15だった。

Narayakushiji          薬師寺 東塔

7 奈良のお寺の宗派は?

奈良の有名なお寺さんを見学したが、はて何宗のお寺さんなんだろう?? 我が家は浄土宗、東浦では乾坤院の影響で曹洞宗が圧倒的に多い。でもそんな宗派のお寺はなかったみたい・・・律宗とか法相宗という名は聞くことがない。学校で教わったのは浄土宗、曹洞宗、天台宗、真言宗に日蓮宗くらいか、少し調べてみると一定の伝統を有するものは13宗56派あるということだ。

①   奈良仏教系…….華厳宗、法相宗、律宗
②   平安仏教……….真言宗、天台宗
③   法華系………….日蓮宗
④   浄土系…………浄土宗。浄土真宗、時宗、融通念仏宗
⑤   禅系…………….曹洞宗、臨済宗、黄檗宗

今回見学したお寺さんは整理してみると
法華寺…….光明宗
唐招提寺….律宗
薬師寺……..法相宗

いずれも東浦では縁がないお寺さんだ、日本は約9600万人が仏教徒で約75.000の寺院と30万体以上の仏像があるといわれ、世界最古の木造寺院法隆寺がある。さらに、最古の仏典、古文書もあるというが、現代の日本人は特定の信仰宗教、宗教観を持っていない人が大多数であり、自らを仏教徒と強く意識することはほとんどない。古都奈良を歩いて感じたのは、仏教は何なのか? 結局は分からなかった。

|

« 自然環境学習の森で水辺部会の作業初め | トップページ | 平成22年12月定例議会報告をホームページにアップ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/80448/50478041

この記事へのトラックバック一覧です: 法華寺~平城京跡~唐招提寺~薬師寺の8kmを歩く:

« 自然環境学習の森で水辺部会の作業初め | トップページ | 平成22年12月定例議会報告をホームページにアップ »