« きょうから決算監査が始まります。 | トップページ | こんなホームページが立ち上がりました。 »

2013/06/29

新美南吉が久米常民にあてた手紙が見つかりました。

「ごんぎつね」で知られる半田出身の童話作家 新美南吉(1913~43)が、16歳から17歳にかけて旧制半田中学校(現県立半田高校)時代の同級生に宛てた6通の手紙が東浦町中央図書館所蔵の資料の中から見つかりました。
「同級生」とは、東浦出身の国文学者 久米常民(1913~1977)のことです。遺族から寄贈された遺品を整理していて見つかりました。これらの中には現存する新美南吉の手紙として最も若い時期に書かれたものが含まれていて、青春時代の初恋や挫折がつづられているそうです。
6月29日(土)から7月30日(火)まで東浦町中央図書館で展示しています。

Tosyokan_topics_20130628

|

« きょうから決算監査が始まります。 | トップページ | こんなホームページが立ち上がりました。 »

コメント

さきほど町中央図書館に行ってきました。新美南吉の手紙は展示場所は郷土資料館が本来かもしれませんが、こどもとか若い人の目に触れることの多い図書館入口中央に場所を設けたのは評価できます。16歳17歳らしく素朴なしかし読みやすい筆跡が印象的です。封筒の宛て先住所が東浦村藤江だけで戸主でもない若者に対しても配達してくれていたのだなと感心しています。

投稿: とだ-k | 2013/07/11 18:39

おっしゃる通り、目につく場所で気軽に見られるようになっています。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昔は、郵便配達さんがまちのことを隅々まで知っていて、いい加減な住所でも届いたものですね。近ごろでは、大型マンションなどで部屋番号が抜けていると戻ってきたりします。

投稿: 神谷明彦 | 2013/07/12 20:45

最近の新美南吉の新聞記事ご紹介
20130720新美南吉の手書き英語問題発見
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2000G_Q3A720C1CR0000/

20130629初恋や挫折つづる 新美南吉の手紙6通発見
東浦町の中央図書館
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG29002_Z20C13A6CR0000/?bu=

20130626童話作家・新美南吉の生誕100年貨幣セット_造幣局
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG26035_W3A620C1CC1000/?bu=

20130518ごんぎつね」の新美南吉、生誕100年で再び光
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFD15003_V10C13A5I00000/?bu=

投稿: とだ-k | 2013/07/20 18:30

日経の記事のお知らせありがとうございます。

むかしの英語の問題というのは面白いですね。「知らない単語」なんて言いますけど、おそらく「辞書を食ってた」時代ですよね。

後の3つの記事については、アクセスできませんでした。時間をおいてトライしてみます。

投稿: 神谷明彦 | 2013/07/21 23:01

スミマセン、bu=のあとがありますが全角文字で長いため省略しました。
日経webで「新美南吉の手書き英語問題発見 女学校の教諭時代 」の記事の下に関連の記事として他3つが紹介されています。
初恋や挫折つづる 新美南吉の手紙6通発見
2013/6/29 11:59
 「ごんぎつね」で知られる愛知県半田市出身の童話作家、新美南吉(1913~43年)が16歳から17歳にかけて、旧制半田中(現半田高)時代の同級生に宛てた6通の手紙が同県東浦町の中央図書館で見つかり、29日から公開された。
 現存する南吉の手紙としては最も若い時期に書かれたものも含まれる。青春時代の初恋や挫折が友人相手の率直な文章でつづられ、創作活動を通じて「自分は非凡」などと自信を取り戻していく様子がうかがえる。
 岡崎女子大の上田信道教授(児童文学史)は「あらためて、この時代の南吉の心情と作品とのつながりを感じる。これまでの南吉研究の裏付けとなるものが出てきた」と話している。
 6通は29(昭和4)年8月から31(昭和6)年7月に書かれた。いずれも半田中から旧制八高(現名古屋大)に進み、後に愛知県立大教授となった国文学者の久米常民(1913~77年)に宛てたものだった。
 最初の手紙では、当時同級生だった久米に「失礼ですが小説などを毎日かいてゐられるでせう」と問い掛け「僕もさうです」と対抗心を燃やす一方、初恋の女性と20日間会っていない寂しさを打ち明けている。
 岡崎師範学校(現愛知教育大)の受験に失敗した時期に書かれた31年4月の手紙では、八高に進学した久米からの手紙を「僕に同情した事ばかりかいてある。僕は癪にさわって仕様がない」となじり「八高の制帽制服で来い。来たら、覚えたドイツ語をかたれ。俺は、思ひきって、たゝきのめされて、泣いて見せるから」と傷ついた心をあらわにしている。
 母校の半田第二尋常小(現半田市立岩滑小)で代用教員を務めるようになると、創作活動に打ち込む姿がつづられ、自作の童謡が雑誌「赤い鳥」などに掲載されたことを自慢。「俺はまた此の頃自分が非凡の男の様に思へて来た」「もう俺は(北原)白秋にみとめられてるつもりだ」「僕は僕以外の誰にもなりたくない。僕は現在の僕が一ばんいとしい」とすっかり自信を取り戻した様子がうかがえる。
 新美南吉記念館(半田市)の学芸員、遠山光嗣さん(41)は「寂しい一生を送ったという印象がある南吉だが、何でも語り合える友人がいた。共に文学を志していた久米という存在の大きさや、才能を伸ばしていく様子が伝わってくる」と話している。
 手紙は、久米の遺族が図書館に寄贈した資料に含まれていた。今年5月、図書館の職員ら3人が箱に入った資料を整理していた際に発見した。〔共同〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG29002_Z20C13A6CR0000/?bu=BFBD9496EABAB5E6B39EB8BE939A88A2BA8BA695BC91B4E0FDA6B38A82B3A0E19D80B38494BC97E7E7BE86F9E4BC819EBBFDE0A6BAA0AAA285B0A79A9FF9909D82949A8296E2AAA09A958ABEB39C919EB082E2B99FEABA948385E19F83BEA787A2E5E5E3E1E099A2FDA7E684A7A3A5B0B4A7B4B4A7B788E2B4A782BE919FE0A0E2B1BA8785B0E294B7E0B9F9988481A49698BBBC9DEBB0EA9595A0E6BE9B869AA4FDBEE495BAB6939D8AB7EAB69D80968BE198E081EBB59AA8B8A7E4A2FDBA83BA99B09FBC87A3BE8BA5E7B9B1878A959D95BD95B7889386BB9D9AE381848095BD9AA5A2A39D83A088A4B49B879BE5B191A2F9EB99BDEBB1BB97B687BFB4B6FD95E6EAFD8193B5BF8A96B0A482BBA39D81FDA1E3A4E1A790B781EB97BFE4BBE68687EA8BEA8BABABB5939898B18ABBA591EBE6B69EAA9B9D9A9984B195A4BAAA90A1B398E4B69D9DE58185E38385E2ABA0BD86B3FDA5E1A2E793A3AB83E296BC919A9886FDB7A4ABB59697EF&cg=31

投稿: とだ-k | 2013/07/23 17:42

半田で、新美南吉の生誕100年記念イベントが始まりましたね。昨日、オープニングの式典と朗読会がありました。
安城も負けていないようです。

投稿: 神谷明彦 | 2013/07/28 08:26

新聞記事です。民俗学者からみたなかなかの力作という感じがします。

あとがきのあと「ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか」畑中章宏氏 民俗学の視点で読み解く
2013/8/25付 日本経済新聞 朝刊
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130825&ng=DGKDZO58887920U3A820C1MZC000
 「ごん狐(ぎつね)」をはじめ「手袋を買いに」などの童話で知られる作家、新美南吉。ちょうど100年前に生まれ、わずか29年の生涯に、慈愛に満ちた数々の名作を残した。柳田国男や考現学の創始者である今和次郎について執筆してきた編集者が、民俗学の視点からその作品世界を読み解いた。
 数年前、「ごん狐」の初期稿「権狐」を知ったのが始まりだった。決定稿と異なっていたのは、南吉の故郷である愛知県半田市の方言が使われていたことと、老いた猟師からの伝承である点が強調されていたこと。そこから「土俗性や地域性というテーマをもっと膨らませることができる」と予感した。
 注目したのが、半田という土地と作品との結びつきだ。「宮沢賢治の作品が持つような宇宙的な広がりや普遍性はない代わりに、狭い地域での生々しい庶民の生活が描かれている」。南吉の生家の前の街道を行き来したのは、出稼ぎの労働者や放浪芸の人々。近くには朝鮮人の集落があり、作品にも登場させている。「よそから来る人への優しい目や共感が培われた」とみる。
 自転車で半田を巡り、地理や距離感を体にしみ込ませた。半田の隣にはごんが住んでいたといわれる山があり、きつねに関する言い伝えも多かったという。「関東大震災以降、近代化の進む時代にあって、失われていくもの」が南吉の童話にはたびたび登場する。古い伝承や道具、前近代的な共同体の姿などだ。
 ごんが撃ち殺される結末はよく知られる。「南吉の作品は結末の後に考えさせられる。なぜ殺されたか、立ち戻って読み直してみようと思わせる」。そんな奥深さこそ魅力だ。「賢治が文学、思想、科学など様々な点から言及されているのに対し、南吉はあまり読まれてこなかったのではないか。まだまだ多様な読み方ができるはず」と考えている。(晶文社・1700円)
(はたなか・あきひろ)1962年大阪府生まれ。作家・編集者。多摩美術大学特別研究員、日本大学芸術学部講師。著書に『柳田国男と今和次郎』など。

投稿: とだ-k | 2013/08/25 20:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/80448/57695669

この記事へのトラックバック一覧です: 新美南吉が久米常民にあてた手紙が見つかりました。:

« きょうから決算監査が始まります。 | トップページ | こんなホームページが立ち上がりました。 »