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2014/03/25

適性とは何か

町内の中学校の校長先生が「人の適性とは何か」について書かれた文章です。
以前、私はこのブログに「○○したいという夢を持とう」と書いたことがありました。好きで、人より秀でたことがあって、なおかつそれを生かして活躍することができれば結構ですが、世の中、必ずしもそうは行きません。これは謂わばその先のお話しです。

自分に合う仕事が見つからないとぼやく人もいます。
「バカの壁」の著者として有名な解剖学者の養老猛さんは、「なりたくて解剖学者になったわけではない。自分に合う仕事がないなんておこがましい。窪みにはまるように、世の中の必要とされるところに自分がはまるだけのことだ。」とも言っています。

 適性とは何か

 去る3月6日、本校の第67回卒業式が行われ、290名の卒業生が巣立っていきました。飛翔館をふるわせる歌声に包まれ、とても感動的な式になりました。その式辞の中で「生きていくこと」をテーマに、「適性」の話をしましたのでご紹介いたします。
 「適性」という言葉があります。ある事柄に適した性質のことです。人はあらためて、「あなたはどのような適性をもっていますか」。あるいは、「あなたは何ができる人間ですか」と聞かれると返答に困るものです。なぜでしょうか。
 かつてアジアの鉄人と呼ばれた陸上競技選手がいます。日本選手権優勝12回、アジア大会5連覇、オリンピック代表4回、そして39歳で75m96の当時の日本記録を打ち立てるなど、まさに日本ばかりかアジアを代表するハンマー投げの選手、室伏重信さんです。そうです。同じ男子ハンマー投げの選手、室伏広治さんのお父さんです。
 実はこの室伏さん、中学校の頃までは、陸上とは全く縁のない人だったのです。そればかりか、子どもの頃からとても相撲が強く、そしてまた大好きで、将来は相撲取りになりたいという夢をもっていました。そして中学になるとあちこちの相撲部屋からの誘いを受け、卒業したら時津風部屋に入門することが決まっていたのでした。そして、上京する列車までも決まっていたのです。
 ところが中学校三年生の秋、室伏さんの運命を変える出来事が起こります。陸上部のなかった室伏さんの中学校では、市内の陸上競技大会に参加するための選手が集められました。たまたまそのメンバーに入っていた室伏さんは、砲丸投げと三段跳びに出場することになり、20日間ほどの練習で臨んだ市内大会では、なんと砲丸投げは2位、三段跳びでは優勝してしまうのです。そしてさらに、地域の大会も勝ち抜き、県大会にまで出場してしまいました。
 そうなると世間は室伏さんを放っておきません。陸上の方でもいろいろな高校から誘いが来たのと、周囲からの「相撲は高校を卒業してからでも遅くはないのでは」という強い勧めもあって、渋々進学を決め、そして陸上を始めることになったのです。ですから当初室伏さんは「陸上は相撲のための体力作り」としか考えていませんでした。
 それでも、熱心に練習を続けるうちに、だんだんと陸上にのめり込んでいきました。それにつれて好成績を出すようにもなり、ますます真剣に陸上の練習に打ち込んでいくのです。そして気持ちは徐々に陸上に傾き「相撲よりもオリンピックに出る方がおもしろいのでは」と思うようになったのです。そして大学に進み、陸上、それもハンマー投げの選手という道を進んでいくことになるのです。
 その後の室伏さんは「どうしたら少しでも遠くまで投げられるか」研究と努力の日々だったと言います。こうしてアジアの鉄人と呼ばれるハンマー投げの選手となっていったというわけです。
 「自分は何ができる人間なのか」。それはわからないのです。室伏さんはすばらしいハンマー投げの選手です。でもそれは、彼の適性が初めからハンマー投げに向いていたからではありません。ハンマー投げにとことん打ち込んできた、その結果が、彼の適性となったのです。仮に室伏さんが相撲に打ち込んでいたら、相撲が彼の適性となっていたかもしれません。あるいは他の仕事に打ち込んでいたらそれが適性となっていくのです。
 すなわち適性とは、一つのことに打ち込むことによって引き出される、その人に潜在している能力のことなのです。したがって取り組んでみなければその人の適性は分からないのです。大切なのは「何に取り組むかではなく、どのように取り組むか」ということなのです。
 人生は、いくつもの岐路を迎え、その都度、どの道を進むか選択しなくてはなりません。その時には、誰もがやりたいことを、好きなようにやっていくというわけにはいきませんし、たとえ自分の希望通りの道に進んだとしても、そこに望み通りの毎日が待っているわけではありません。意にそぐわないこと、順調だと思ってスタートしてはみたものの、当初の思いとはずいぶんずれていると感じることなど、それは様々です。そんなときに、自分が選択した道、出会った道に対して、まだ何もやらないうちに「これは自分には向いていない。合わない」と決めつけてしまっているということはないでしょうか。
 「随処(ずいしょ)に主(しゅ)となれば立処(りっしょ)皆(みな)真(しん)なり」という言葉があります。人はいろいろな道に出会います。そのときにそれぞれの道で、その役割の意義を理解し、精一杯努力するならば、どのような道に進もうと、生きがいを見いだすことができ、成功することができるという意味です。室伏さんにとって陸上は渋々進んだ道です。でも縁あって出会ったその道で、一生懸命努力した結果、室伏さんは「自分はハンマー投げができる人間なんだ」という適性を見つけることができたわけです。
 「自分は何ができる人間なのか」、それはこれからの長い人生を通して見つけていくことなのです。それには縁あって出会った道に、とことん打ち込んでいくことが必要です。私たちの人生の選択肢の中には、「あなたの適性に会う道が用意されています。どうぞ」と書かれている看板など無いのです。この世の中は、一人一人にその個性に合う道を与えてくれるような仕組みにはなっていないのです。でもそれが人生です。進んでいかなくてはならないし、やめるわけにはいきません。「適性とは自分をその道に合わせる能力」だとも言われています。大切なのは主となる、すなわちいつも、自分が主人公であるという自覚を持つことなのです。
 これから先、どのような道に進もうとも、そこで主となることによって、たくましく生きていってほしいと思います。そして自分は何ができる人間なのか、自分の適性とは何なのかを、自分の歩んできた足跡で、生きてきた証として語れる人になってほしいと思います。

  参考資料:「ゆうゆう2014年 2月号 前を向いてもっと高いところへ 室伏重信」「世界が認めたアジアの鉄人 websiteより」「李明博自伝」他

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