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2014/05/16

構想日本のJIフォーラムに参加。短い時間ですが刺激を受けました。

急遽時間に余裕ができたので、夕方から東京へ。翌朝に行事があるので、とんぼ返りしました。

構想日本のJIフォーラムに参加。
この日のゲストは、
 家入一真(実業家)
 大南信也(NPO法人グリーンバレー理事長)
 片山健也(北海道 ニセコ町長)

の3氏です。(コーディネーター は 構想日本代表の加藤秀樹さんです。)
以下、それぞれの発言の要約です。

大南さん:
 25年分を15分で説明しないといけないので、詳しいことは本「神山プロジェクト」を読んでほしい。
 徳島県神山町ではかつて2万人ほどあった人口が6千人ほどになっていた。その過疎の町に起こった異変は、2011年に転入が転出を上回り、人口が社会増となったこと。その後も人口の減りが減った。
 ベンチャー企業の本社が10社できた。東京のネット企業のサテライトオフィスが新会社を設立した例もある。ヤフーも神山で研修をしている。
 神山町には、外人を含む芸術家が3人住んでいる。アートによるまちづくりで、人に来てもらうには、
①見学に来る観光客のためには価値の定まった作品を置くものだが、神山にはお金がない。
②したがって、制作に訪れる芸術家にとっては滞在の満足度「場の価値」が重要になる。
「イン神山」という神山を紹介するネットのサイトを作ったら、一番人気は古民家情報のページだった。
 そこで、ワークインレジデンスを考えたが、神山は雇用がない仕事がない所なので、仕事を持った人に来てもらう戦略を考えた。例えば、この家はパン屋さんに住んでもらうなどとピンポイントで逆指名をする。Webデザイナーさんが来てくれれば、まちをデザインできる。1955年には38件のお店屋さんがあったが、2008年には6件に。これをワークインレジデンスでうめる。
 2010年に渋谷のネット起業Sansanの寺田社長がタブレットを手に持って川に足を浸してテレビ会議をしている画像がキャッチコピーのように広まり、この画像がIT関係者に衝撃を与えた。元商店街にはビストロもできるようになった。
 「神山塾」で人材育成。5期66人は首都圏からの女性が多いが、クリエイター系が多くて受講者の4割が移住して、カップルも6組できた。
 アートは5~10年継続すると、カルチャーに魅力が出るので人が集まる。
 バックキャストで考えることも必要だ。0~14歳の年少人口推計は2010年の433人から2035年には187人になる。すなわち1学年12.5人だ。これを20人まで引き上げるにはモデル世帯を5世帯、20人呼べばいい。「そこに何があるか」ではなくて、今や「どんな人が集まるか」が重要。
 「創造的過疎」という言葉をつくったが、情緒ではなく過疎を数値でとらえることが必要になる。過疎は止まらない。なり様を考えること。農林業にはこだわらない。
 お金に頼らず、家事など自分で何でもやるやることによってクリエイトする力が付いてくる。お金で済むことはクリエイティブではないと思う。
 よく「徳島ではつまらない」とか言う人がいるが、それなら自分が主体になればよい。もっと自分を持てないのかと思う。

家入さん:
(東京都知事選に出て8万票を獲得。ネット関連企業の社長というと得体の知れない若者のイメージがありますが、まじめな感じの人でした。)
 都知事選になぜ出たかのかとよく聞かれる。NPO的に若い人の居場所づくり(引きこもりの駆け込み寺)として、リバティという名のシェアハウスを全国主要都市10カ所くらい展開した。
 震災後に新しい働き方を提唱した。私は、中2~18歳の時にひきこもりで、居場所のなさを感じていた。引きこもりの人が集まるとウェブサービスの仕事と親和性が高い。プロジェクトを立ち上げるチームを作ったら全国から人が集まってきた。最初は泊る所がないので、オフィスに寝泊まりしてもらったが、オフィスににおいがこもるし、日中まで寝ている人がいると仕事のモチベーションが下がるので、六本木に住める物件を見つけた。これがシェアハウスの始まりだ。
 今の日本は、豊かな中で安全と食べ物がとりあえず足りている。そうすると、マズローの欲求段階ピラミッドの中の欲求レベルが上がって、生きるために働くのではなく、(たとえばより高次な)承認の欲求のために働くことになる。何のために働くかわからないで、生き方・働き方を模索する人がうようよ集まることになる。
 東京には刺激がない。クラウドファンディングの話しで夕張に行った時に、むしろ、そこで根付いて活躍する人の中にはすごい人がいっぱいいることに気付いた。
 シェアハウスの十数人が企業共同体をつくって事業をしようとすると規制の壁にあたったりする。国や政治はかかわらないでほしいと思う。
 30~40代の声を聴いてくれる人がいない。だったら自分が都知事選に出ようと思った。ネットを使った新しい民主主義も模索したい。新しいタネとして、インターネットでみんなの声を集めることはできないだろうかと思う。

片山さん:
 よく選挙などでも、行政のことは行政を知っている人に任せた方が良いという言説が流れたりするが、全く逆だ。新たな価値観を持った人がこの世界に入るべきだと思う。松阪の山中市長は凄い。心から尊敬している。
 平成の大合併が終わって、すでに1700の自治体の中には雲泥の差ができつつある。今ごろ居眠りから覚めてももう遅いという時が来ている。税金はどこも同じように集めているのに、なぜダメなまちがあるのか。それは、行政も首長も今の膿を徹底的にさらけ出していないからだ。
 公共課題を形成する過程では、多様な住民の意見を入れ込むべきだ。よく市町村の情報公開条例の中で「政策形成過程は公開しない」としているものがあるが、政策形成過程こそ公開しなければならない。
 そもそも、行政や議会が、住民を情報過疎にしてきたから、住民は身近な要望・陳情しか出せなくなってしまっている。
 首長が大切な情報を小出しにすれば優位性を保てる。そんなセコイやり方に頼らず、同じ情報の土俵の上で住民と議論すべきだ。そんな考え方を担保しようと、まちづくり基本条例(自治基本条例)をつくった。
 行政はサービス業ではない。主権者である住民と一緒になって暮らしをつくる事務局のようなものだ。住民はお客様ではない。みんなが払っている税以上のサービスをねだろうとすれば行政は成り立たない。
 いままで地域の力を住民から奪ってきたのが日本の行政の歴史だ。そんな行政を緩やかに解体すべきと思う。

質問の時間に、地域の活性化とは何か、どうやって地域を活性化すればよいかという質問がありました。これに対するそれぞれの答えが印象的でした。

片山さん:
 地域の活性化とは何か? いろいろ議論したが、そこにいる人たちの運動量の総量だと思う。如何に情報発信・交換して、工夫をして、あれこれ動き回るかだと思う。

家入さん:
 成功モデルのコピーなどできない。結局、人づくりだ。今やっている居場所づくりも、居場所をつくる人を作らねばならないと思っている。

大南さん:
 神山のことは他にはコピーできないと思う。そこに住む人の活動の結果としてそうなった。やっているうちに自分の地域の個性がわかってくることもある。

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