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2014/06/12

日本人が忘れてしまったこと

Cci20140609_00000photo_2先月、日本に住む唯一のチベット人歌手 バイマーヤンジンさんの講演を聴く機会がありました。彼女の出身地は、空港のあるラサからバスで2日かかるガワという所です。ガタガタ道の峠をガラスの割れたシートベルトもないバスに揺られていきます。
彼女から聞かせてもらったお話を紹介したいと思います。

ガワは標高4000mの高地で、そこにいる人々は遊牧民の生活をしています。遊牧民の生活は大変貧しいです。私の兄弟11人のうちの3人が若くして亡くなりました。家族は字が読めません。それでも、自分だけは家族のおかげで家から300km離れたところにある高校に入学することができました。そして、村の期待を一身に背負って、中国四川省の国立大学に入って音楽を専攻しました。大学4年間は、チベット人「蛮子」として凄まじいいじめを受けて人生で一番つらい時期でしたが、お世話になった村や家族のことを思って「何があっても絶対卒業する」と心に誓いました。
卒業式の日に、偶然、日本から留学していた今の夫に出会い、それがもとで日本で暮らすことになりました。日本に来るまでは、世の中にこんな満ち足りた世界があるとは全く知りませんでした。交通の便はいいし、ごみは一つも落ちていない、家の中には電化製品があふれている、お風呂がある、冬は寒くない、ご飯の一粒一粒が美味しい・・・。チベットでの生活に比べると、まるで天国のような生活に罪悪感さえ覚えました。
あるとき、いつものように義理の母に対して、チベットがいかに不幸で、日本はいかに幸せかを繰り返し強調したら、義理の母が机をたたいて怒ったことがありました。母は「私も日本も苦労してきた。」「自分はハルビンで終戦を迎え、命からがら焼け野原の日本に帰ってきた。」「日本人も汗を流して頑張っていた。」「その時に湯川秀樹さんがノーベル物理学賞を取った。彼は日本が落ち込んでいるときに、日本のすごさを世界に知らせて、日本人に希望を持たせた。」「だからあなたの夫(息子)の名前を“秀樹”とつけた。」「人に希望を与える生き方をせにゃいかん。」。そんな義母の言葉を聞いて、日本をうらやましく思っているだけで、その背景を考えていない自分に気が付きました。みんなが豊かになるには、希望を持って努力することが大切なのです。
義理の父に、なぜ日本がどん底から立ち上がって世界をリードする国になれたかと聞くと「それは教育のおかげだ」と教えてくれました。それ以来、この国に来た自分には大きな役割が課されているに違いないと考えるようになり、みんなの協力をもらってチベットに学校をつくる活動を始めました。
日本の学校施設や教育制度は素晴らしいと思います。しかし、いま日本の子どもたちにそれを聞いても「べつに!」と答えが返ってきます。幸せは誰かから与えられるものではありません。自分で気づくことです。そこにあっても気づかないのは悲しいことです。日本人は日本のすごさに気付いていないのです。ぜひ一度チベットを旅してほしいです。そうすれば気づくことがたくさんあると思います。

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以上のようなお話を聴いて、今の幸せに慣れて、感謝の気持ちを忘れてしまっていること、また、私たち日本人は世界から尊敬され、期待されていることを再認識する機会をいただきました。私たち一人一人が日本のため世界のためにできることはそれぞれ何かきっとあるのだと思います。
それから、やっぱり、日本人は、日本が過去にいかに頑張ってきて今の繁栄があるんだという成功物語を聴くのが大好きなのだと思います。しかし、皆ががんばっていた頃へのノスタルジーを反芻するだけではどうにもなりません。前を向いて自分たちの未来を切り開かなきゃ。それこそが、いま怠ってはいけない大事なことだと思います。

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