脳の意思決定はゆらぎで決まる??
東京大学大学院薬学系研究科 池谷裕二(いけがや ゆうじ)教授の講演を聴く機会がありました。神経科学が専門で「ネオ理系」とも呼ばれる若手研究者です。『単純な脳、複雑な私』『脳には妙なクセがある』など脳科学に関する一般向けの著書が人気を呼んでいます。
池谷さんの講演を聴くのはこれで2度目。前回は「脳は身体の従属物だ」という目からうろこのお話しでした。
今回、前半は、人間の脳は論理的に意思決定しているように見えて、いかに無意識に左右されているかと言うお話しでした。後半は、最近の遺伝子解析の進歩で新たに生ずる問題など、示唆に富む内容でした。以下はその要旨です。
●ヒトの心はどこにあるのか?
意識・無意識のなかで、意識は氷山の一角で、意識の下に広大な無意識の世界が広がっていると考えられていたが、実は、意識は「氷山の一角」でさえなくて、無意識の「飾り」のようなものだということがわかってきた。
●グリップを握るテスト
モニターに握れと表示されたときに、被験者がグリップを強く握る実験を行う。そこで、モニターの画像に「がんばれ」というサブリミナル映像(一瞬で意識的に判別できない映像)を入れておくと、握る力が明らかに増すことが知られている。
つまり、脳は無意識に情報収集して、反射的に行動する。
●Better than Average効果
アメリカ?の高校生にあなたのリーダーとしての指導力は平均以上かと聞くと、70%が「はい」と答える。「いいえ」は2%ほどだ。運転技術は平均以上かという聞き方もある。あなたは同僚よりも優れているかという質問を、社長や大学教授に聞いたらもう目も当てられない。教授では94%がはいと答えている。これは明らかに「平均」から外れている。
あなたは平均よりも公平にふるまっているかという質問については、ほぼ100%がはいと答える。これは、いじめ、差別がなくならない原因の一つかもしれない。
無意識に過大評価をする脳の傾向を知っておくべきだと思う。
●直感とひらめきは違う。
思いついたけど・・・理由がわからないのが「直感」(→線条体がつかさどり、鳥や魚にもある。)、理由がわかるのが「ひらめき」(→大脳皮質がつかさどり、哺乳類にしかない。)
例えば、 1 2 4 ? 16 32 が分かるのはひらめき
例えば、 ブーバ・キキ試験で答えを出すのが直感(下図で、どちらが”ブーバ”でどちらが”キキ”か答える。)
ブーバ・キキ試験の結果は不思議なことに世界中のどの民族でやっても同じ。直感に理由はない。直感につけられた理由を「屁理屈」と呼ぶ。
直感は、無意識な反射のプロセス。経験から得た自然な発想力だから、子どもや目の見えなかった人(ものを見る経験を積んでいない人)には、この傾向はみられない。
●ホテルでチェックインの時に、途中で受付係が変わっても(男女が入れ替わっても)、ほとんどの人は気が付かない。
同様の研究が2005年のサイエンスに載った。A・B、2人のうちで好みの女性のカードを選んでもらって、そのカードをマジシャンがすり替えて渡しても、9割の人は気が付かない。
この現象を「選択盲(choice blindness)」と言う。選んだ時の理由を聞くと、イアリングとか、ブロンズとか、微笑とか、言いながら、すり替えられても気づかないのだから、如何にいい加減に答えているかがわかる。
これと同様に、なぜ夕食にてんぷらを食べたか、なぜこの人と結婚したかなど、人間はいろいろ理由をつけるが、実はみんなウソで、本当の理由は無意識の中にある。脳は自らの行動を反射的に理由付けする。これを「作話(confabulation)」と言う。
●プロゴルファーは、事前(数秒前)にパットの成否を予測できる。
まず、ヒルの研究をヒントにする。ヒルをつついたときに、泳ぐ場合と這う場合と、逃げるパターンが2つある。この2つの意思決定をしている神経細胞を突きとめたところ、細胞にイオンの電荷が貯まった時に泳ぐことが分かった。イオンの電荷など小さな物質の世界は「ゆらぐ」ことが知られている。すなわち、意思決定は「ゆらぎ」だ。
共焦点レーザー顕微鏡(多ニューロンCa2+画像法)を使って、どの神経細胞が働いているかを見ることができるが、同じ入力でも刺激の度に細胞の出力が異なることがわかっている。すなわち「入力+ゆらぎ=出力」になっていると考えられる。コンピュータの場合はゆらぎが極小なので、常に同じ答えが出るが、生き物の場合はゆらぎが問題になる。そして、筋肉が脳の命令に忠実に動くとすれば、ゆらぎの状態を知れば身体の動きを予想できることになる。
●グリップを握るテストの話しに戻るが、握力のゆらぎは脳のゆらぎと考えられる。前出のサブリミナル映像は、無意識のうちに脳の状態を変えていると言える。
グリップを握る前に神経細胞のゆらぎの状態を知ることができれば、脳の行動がわかる。たとえば、左右のブリップのどちらを押したくなるかは、7~10秒前に予測することができる。
●「ルビンの壺」を見て顔か壺かどちらに見えるかも、その時のゆらぎが絡んでいる。想起、忘却、ひらめきなどもゆらぎと関わりがある。そうだとすれば、自由意志とは一体なんだろうか。
ミスもゆらぎで説明できる。場合によってはミスを6~30秒前に予測することもできる。
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Rubin2.jpg
●まさか、自分の意思がただのゆらぎだなんて・・・。
ただし、まだお話ししていない重要な側面がある。それは、ゆらぎは無秩序ではなく、環境や身体によって惹起されるものだということだ。行動や性格は環境の反射である。
よく、本当の自分がわからなくて「自分探しの旅に出る」と言うが、それは、旅先の環境で立ち上がる新しい自分を見つけるだけだ。
電子投票の話題が時々出るが、自宅でビールを飲みながら投票する自分と、投票所で投票する自分とは別物である。
外国で独立の賛否を問う住民投票が話題となっているが、住民投票の1週間前に、まだ決めていない人に対して連想ゲームをやると、どちらに投票するかを当てることができるという研究もある。ニュースを見て決めるのは反射だ。
個人が、反射力、すなわち直観力を鍛えるには良い経験を積むことが大切だと思う。
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●個性豊かなヒト
遺伝子は33億個の塩基配列からできていて、ヒトとチンパンジーはそのうちの98.7%が同じ。
遺伝子の塩基配列が1カ所異なる「SNP(スニップ)」(Single Nucleotide Polymorphism) を調べると、病気、才能、性格、出身地などが推測できるようになった。誰もが数十の遺伝病を抱えていると言われている。
自分の遺伝子を調べてみたい人は約半分で、女性に多い。国民すべての遺伝子を調べて、病気にかかってからの治療でなく予防が可能となれば、医療費は1/10になると言われている。
「23&Me」というアメリカ企業の遺伝子診断サービスが充実している。毎月、遺伝子研究が進むにつれて「今月わかった新たな病気」の情報が届くアフターサービスもある。試験管に唾液をとって、99ドルで、100万カ所ものSNPを調べることができる。500年前の親の出身地がわかるサービスもある。それによれば、自分の母方はベトナムかインドネシアから渡ってきたらしい。
酒に強いかどうか、禿げやすいかどうか、パーキンソン病や痛風などの傾向から、IQに関することまで、さまざまな項目についてチェックできる。速筋力については、自分はオリンピック選手並みの判定が出た。そういえば、子どもの頃、自分は帰宅部で、努力しなくても陸上部の選手よりも走るのが早かった。
このことは、できもしないのに無駄な努力をすることが褒められるのか?すばらしい才能を持ちながら努力しないことが褒められるのか?効果的な教育とは何か?考えさせられる。
●人は生まれながらに不平等だ。人口の2割は生まれながらにして数学音痴である(脳のある部分が委縮している)ことが知られている。
では、自分や親の遺伝子を責めるのか?
差別を理由に遺伝的な差異を認めたがらないのは、かえって「差異があったら自分はそれを理由に差別する」という優生主義的態度の表れではないか?
全てに平等な環境を与えるのは、遺伝的差異を顕在化させることにならないか?
それでは、健康保険や採用試験に、遺伝子情報を活用してよいか?
結婚相談所が相性占いや子どもの性能予測をオプションとしてアレンジしてよいか?
BRCA1遺伝子に変異が見つかって、アンジェリーナジョリーは予防的に乳房を切除したが、知らなくてよい権利もあるのでは?
家族に波及もある。自分だけの問題ではない。
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