立山カルデラ探訪記
立山から富山湾までを一気に下る日本屈指の急流、常願寺川の治水・砂防を見学しました。圧巻は、崩落地帯の立山カルデラで明治時代から営々と行われている砂防工事です。立山カルデラに向かうには、約40箇所ものスイッチバックがある工事用軌道をトロッコ列車で上ります。通常は工事関係者以外は立ち寄れないところです。
立山カルデラは、有史以前の立山の火山活動の跡で、陥没と浸食によって東西6.5km、南北4.5kmの大きな窪地となって現在に至っています。ちょうどその中に跡津川断層という活断層が走っていて、安政5年(1858年)4月9日にこの断層がずれて起きた飛越地震で鳶山(とんびやま)が山体崩壊(大鳶崩れ・小鳶崩れ)し、約4億㎥の土砂がカルデラの出口を堰き止めて大きな湖ができました。その後4月23日、6月7日の二度にわたって天然ダムが決壊し、大規模な土石流が富山平野を襲い、溺死者140人、負傷者9845人を出す大災害となりました。とくに、二度目の決壊の規模は大きく、常願寺川の扇状地を駆け下りた土石流が富山城に迫るほどだったといわれています。この土石流で流れ下った土砂は約2億㎥と言われ、残りの2億㎥が依然として立山カルデラ内に堆積していると考えられています。万一、土石流によってこの土砂が再び流下すると、富山平野を2mの厚みで覆い尽くすと考えられます。
常願寺川は、3000m級の北アルプス立山連峰の豪雪地帯に源を発し、全長56kmほどの日本屈指の急流です。明治期にオランダ人技術者のヨハネス・デ・レイケが、「これはもはや川ではない、滝だ。」と言ったというエピソードがありますが、実際は、彼は滝を探していて「滝を見つけた。」と言ったのが正しいとされています。彼は、水の運動エネルギーを減衰させる効果を持つ滝を探していたのです。
現在においても、常願寺川にはたくさんの砂防ダムが造られており、上流からの土砂を貯留するのと同時に、滝のように水勢を和らげる(水が河川勾配に沿って流れ下るよりも、人工の滝を連続的に造り水を滝壺に落とすとともに、滝でない部分の河床を緩やかに流す方が水の勢いが落ちる)役目を果たしています。
常願寺川は、もともと急流、暴れ川であることに加えて、上流部に大崩落地帯である立山カルデラを抱えています。ここの砂防工事は立山がある限り、地球上に日本列島がある限り、永遠に続くのではないでしょうか。
JRの富山駅に着きました。この上に開業したばかりの北陸新幹線が通っています。並行在来線である旧北陸線は第3セクター”あいの風とやま鉄道”としてすでにJRから切り離され駅舎も別々になっています。すっかり有名になったトラムが新幹線の駅舎に乗り入れています。ここからバスで常願寺川を立山方面に遡ります。
富山地区広域圏クリーンセンターの展望台から常願寺川扇状地を望む。向かいの立山方面から流れ下った川が富山平野に出て急に流れが緩やかになります。この付近では霞堤や、江戸時代の土石流で上流から流されてきた大転石を見ることができます。大きなものでは600トンもする岩があるそうです。
常願寺川の中流部にある本宮砂防堰堤。日本一の貯砂量(500万㎥)を有します。流出土砂によって下流の河床が上昇するのを防いでいます。昭和12年竣工、平成11年国登録有形文化財に登録されました。常願寺川には、このほか白岩砂防堰堤など111もの砂防堰堤群があります。
立山カルデラ砂防博物館を見学、国土交通省立山砂防事務所で説明を受けます。この建物の奥手に立山砂防工事専用軌道(トロッコ列車)の乗り場があります。専用軌道の歴史は古く、大正15年(1926年)建設に着手、昭和40年(1965年)に立山カルデラの入口にある水谷平までの18kmが完成しました。これで、工事関係者や物資を運びます。
ディーゼル機関車と2両の客車で1編成です。出発するといきなりスイッチバックで急坂を登ります。
今でも途中あちこちで砂防堰堤を建設中です。
スイッチバックで、複々線のように折り重なって見える線路。これで高度を稼ぎます。
樺平の連続18段スイッチバック。何度も折り返して、山を登ります。
途中、薬師岳(2926m)のどっしりとした姿が見えます。
トンネルを抜けると、立山カルデラの出口につくられた白岩砂防堰堤が見えてきます。本堰堤の高さ63m、第7副堰堤までの総落差108m、日本一の規模を誇ります。昭和14年(1939年)に完成、国の重要文化財に指定されています。
昨夜の雨が嘘のように、秋の青空が広がります。
砂防工事の基地となる水谷出張所が見えてきました。あと一歩のところで、鉄橋が通行止め。昨冬の雪の重みで曲がってしまったのだそうです。ここでトロッコを降ります。
水谷出張所には砂防工事に従事する人たちの宿舎や診療所もあります。ここは豪雪地帯なので夏の間だけ開設されます。
白岩砂防堰堤の右岸の岩盤をトンネルで抜けると、立山カルデラ内に入ります。
カルデラ奥の正面に見えるのが鳶山。江戸時代に、ここの山体が崩壊しカルデラの出口を堰き止めて、天然ダムができました。それが決壊して土石流が富山平野を襲ったのです。
作業の人たちが引き込んでつくった温泉です。
高さ63m総落差108m、日本一の規模を誇る白岩砂防堰堤の見学です。
立山カルデラの展望です。右の鳶山から、鷲岳、獅子岳、鬼岳などカルデラ壁の山々です。左端の山の上は弥陀ヶ原です。
カルデラの中心部には、立山温泉跡があります。江戸時代から立山信仰の登山基地としてにぎわいました。明治以降さらに整備が進み、多い時には600人の宿泊客があったそうです。その後、昭和40年代の豪雨被害や立山黒部アルペンルートの開通により、昭和48年(1973年)に廃湯となりました。現在、立山カルデラ内には砂防工事関係者以外の立ち入りが規制されています。
ここからは、バスで立山林道 真川線を通って有峰湖に出ました。昭和34年(1959年)に完成した高さ140mの有峰ダムの貯水池です。このダムの水は複雑な経路を通って下流に導かれ、計4つの発電所で最大53万kwもの電力を生み出します。
地図を見ると有峰湖左岸の湖岸線が長い直線的な形状をしていることに気付きます。これは、跡津川断層が通っている影響ではないかと思われます。
※参考
跡津川断層に関するサイト
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1858-hietsuJISHIN/pdf/8_chap1-3.pdf#search='%E8%B7%A1%E6%B4%A5%E5%B7%9D%E6%96%AD%E5%B1%A4+%E9%9C%B2%E9%A0%AD'
http://outdoor.geocities.jp/sokasoda/fault/fault3/iwata/atotsugawa119.htm
立山カルデラ探訪に関するサイト
http://homipage.cocolog-nifty.com/map/2008/12/post-e158.html
http://blog.goo.ne.jp/tulipculb1945/e/d1d26d01448bfbc405448682a702bf1d
http://ttgorukichi.blog.so-net.ne.jp/2011-08-27
http://www.info-toyama.com/doc/loculture/vol13/page02.html
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