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2015/12/24

人口減少 ~本当の問題は何か~  去年のクリスマスイブに聴いた話しをもう一度読み返してみた。

以下、昨年の12月24日に書いた記事です。去年のクリスマスイブに聴いたお話しをもう一度読み返してみます。

最近、人口減少とか消滅自治体とか言う言葉を聞かない日はないくらいですが、私は、常々、本当に問題にすべきことは何なのか疑問に感じることがあります。国の人口が減り、経済が高度成長しない中で、人口増加、GDP増加のような高度成長期の目標を掲げていても、それが満たされることはないだろうし、幸せな気分にはなれないだろうと思います。もっと別の幸福の尺度が必要になってくる所以です。でも、世の中が人口増やせ、子どもを増やせの大合唱をしている中で、それに疑問を挟むのはとても勇気のいることです。子育て支援も少子化や人口問題には大して効果を発揮しないと思います。むしろ子育て支援は、女性や家庭に生き方の選択肢を提供するものだと考えています。人口は(大きなピークをつくらないように、できれば減らないか、少しずつ増えていくように)都市計画でもってコントロールすべきものと思います。人口がこれまでのように増加しないことに備えたコンパクトな市街地形成が重要になってきます。これからまだまだ進行する高齢化や福祉支出の増大、公共物のメンテナンスなど経済が大きく成長しない中で持続可能な行財政運営をしていくことが大事です。

ちょうど、「人口減少 -本当の問題は何か-」をテーマにした構想日本のフォーラムがあったので聴きに行くことにしました。討論者は、鬼頭宏(きとう ひろし)上智大学教授と福嶋浩彦(ふくしま ひろひこ)中央学院大学教授(元消費者庁長官、前千葉県安孫子市長)、コーディネーターは加藤秀樹(かとう ひでき)構想日本代表です。以下は私なりにまとめた討論の要旨です。

加藤: 今日は、いつもより希望者が多かった。とくに男性が多い。イブだというのにお呼びのない人がこれだけいるのか(笑)。

鬼頭: 大学の隣の聖イグナチオ教会ではミサが行われているというのに(笑)。
 自分は、歴史人口学をやってきた。いま、人口減退、超高齢化、都市への人口集中が一緒に進行しているが、なかでも超高齢化と都市への人口集中が大問題だ。1970年代に日本の出生率は2.0を割り込んだが、その時はなぜかマスコミも今のように騒がなかった。
日本の過去からの人口を見てみると、新しい文明システムによって人口収容力が高まると人口が増え、発展し尽すと止まる、これの繰り返しだ。人口減退は日本にとって未曾有の出来事ではない。
 いま人口減少と言って騒いでいるが、日本で起きていることはヨーロッパでは当たり前のこと。経済成長によって所得が上がり、死亡率が下がると、生物学的本能として子どもが少なくてよくなる。モメンタムがあるので少子化・人口減がしばらく進むが、いずれはバランスするのではないだろうか。アフリカでさえも人口の伸びが落ち始めている。21世紀末には世界の出生率が2.0に収束するのではなかろうか?
 アメリカ、フランス、スウェーデン、イギリスなどは一旦出生率が下がっても、2.0に収束してきている。しかし、オーストリア、スペイン、イタリア、ドイツ、日本などは、1.5を割り込んだままの両極分解が起こっている。ドイツ語圏、地中海諸国、東アジア(中国、韓国、シンガポールなども同じ傾向)では、父系家族や儒教の影響などがあるのかもしれない。
 1992年の白書で初めて少子化が取り上げられたが、その少し前の1989年に出生率が1.57になった時に初めてマスコミが取り上げた。たまたま、昭和46年の丙午の出生率1.58よりも下がったためだろう。
 1970年代当時は人口増加抑制が大きなテーマで、国は1974年の人口白書で「静止人口」の実現を訴えていた。静止人口は国家目標だったわけで、出生率を低下させれば昭和85年に人口減少に転ずると予測しており、(昭和85年と言えば2010年)まさに当時の予測通りになった。あとは、増えも減りもしない状態へ仕上げることが大事。そのためには、工業化から成熟化に向けた新しい社会システムの構築が必要だ。人口を何人で安定させるかはどんな社会にするかによる。しかし、我々の生きている間は人口は減り続けるだろう。
 国立社会保険・人口問題研究所の出生動向基本調査によれば、理想子ども数は2.5人、予定子ども数は2人で、これらの値は1972年から現在までほとんど変わっていない。ということは、少子化の原因は、晩婚化が進んで2人目を欲しくても持てなくなったためではないかと考えられる。

福嶋: 人口の話を聞いていて自分がいつも引っかかるのは、「1億人を維持する」ということ。7000万人ではなぜいけないのか? これまで総務省が音頭を取って自治体を合併・消滅させてきたのに、なぜ今「自治体消滅」を騒ぐのか?
 我々一人一人がどう生きていきたいのか、そのためにどんな社会が必要か、それが自治ではないか。
 大きな流れで言えば、女性にとって結婚・出産が強制から選択になったことだ。だから子どもが減るのは当たり前だ。安心して子どもが心豊かに育つ社会は、出生率を上げるためではなく幸せに生きていくためのものだ。そのために自治体が何をするかが問題だ。
 ほぼすべての自治体が人口減少対策を語っているが、その中身はどうやって減少を食い止めるかだ。そんな自治体は余計に人口が減るだろう。人口が増えることを前提とした仕組みを残したまま実際に人口が減れば社会はさらに劣化する。今すべきことは、人口は減るのだから、それを前提としたうえでどうやって質の高い社会をつくるかだ。結果としてそちらの方が人口の減り方が少なくなるだろう。
 たしかに、まだ、人口が増える都市もある。開発すれば増えるところもあるだろう。では、その増える人口をどこから持ってくるのだろうか。東京からなら立派だが、まわりから吸い取るだけでは地域全体が疲弊する。いかに都市と田舎の良い関係をつくっていくかがポイントになる。
 以前市長をしていた我孫子市は子育て施策には力を入れてきた。当時から待機児童はゼロ、子ども医療費助成も充実
(余談だが、子ども医療費助成は本来は良い政策ではないと思う。医療費助成の適性水準をどこの自治体も調べていない。人気取りのみの政策だ。本当に医療費助成が必要なら保険制度を変えるべきだ。自治体が競争することではない。)していて、周辺6市ではトップクラスと言っても異論は出ないだろう。しかし、20代、30代で結婚する女性が産む子どもの数は変わっていない。けれども、結婚が高年齢にシフトしている。つまり、子どもを増やそうとすれば、できるかどうかは別として、子育て支援ではなくて、結婚施策をすべきだ。

加藤: 子育て支援には莫大なお金が使われているが、効果は明らかになっていない。無駄遣いになっていないだろうか? もっと言えば、子どもが減って何が悪いのかの議論がない。

鬼頭: 神奈川県や静岡県で次世代育成の会議のメンバーになっている。少子化対策を打てと言われているが、読書率アップとか交通事故を減らすとか、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな因果関係がよくわからない施策がある。
 むしろ、人口が減っていく中でどうやって市民・県民の生活を安定させるか、そちらの方が子づくりする気になれるかもしれない。

加藤: 3次産業化が進めば、ものづくりに関わる人が減り、人が都会に憧れ集まる。新幹線網を張り巡らすなど、インフラ面、産業面で都市に集中を促すことによって経済成長してきた。東京でやっているようなことを、うちは5割、うちは3割やりましょうでは、「じゃー10割の所へ行けばよい」になってしまう。この繰り返しだ。
 ヨーロッパでは少子高齢化は進んでいたが、日本ほど過疎、過密にはなっていない。

福嶋: いま国が地方創生と言っている。今までのように、もっと立派な公共施設を自前で持とうとしても、ますますお金がかかるばかりだ。それよりも、公園を自分たちで楽しくつくろう。学校は、昼は校長が責任者で、夜は市長の管轄にして活用する。創意工夫の可能性はたくさんある。
 しかし、そもそも、独創的な計画かどうかを国が判断することか? 地域や市民が判断することだろう。国からお金をもらうために創意工夫すること自体がおかしいと思わないだろうか。

鬼頭: 18世紀の江戸時代末に人口が減った。この時、大坂の人口は減ったが、江戸は減らなかった。幕府は天明・天保期に帰農令を出して強権的に地方に人を移そうとしたが、効果はなかった。では、結局どうなったか。西南諸国や加賀など自前の工夫と努力で地方を活性化したところの人口が増えた。

加藤: 国の省庁の人材を地方に出すとかと言う話もあるが、現場を知らない国の役人が判断すること自体がダメだ。地方公務員でもなくて、地方の現場の市民が、うまくいかない、お金もないところで、何をやるかが大事だと思う。

以下は、会場からのQ&A。

Q: マクロ的には人口は国力維持のために必要で、ミクロ的にもコスト・効率を考えると人口が大事では。
福嶋: 国力とは何だろう? 一人一人の市民が豊かに暮らすことができればよいのでは。市長をやっていた者の実感としては、人口が増えると効率的になるとは思わない。むしろ偏在・集中の方が問題だ。
加藤: 日本よりも人口は少ないが、国際的な影響力はドイツ、フランスのほうがはるかに上だ。中国のプレゼンスの前で平和を維持するために人口が必要なのだろうか? 日本がこれから身に付けなくてはならないのはしたたかさだ。

Q: 静止人口を目指すには国民の意識が大事では。ドイツではもう子育て支援策は効かなくなっていると聞く。
鬼頭: 晩婚化でたくさん子どもを持ちたくても持てなくなったのだろう。
福嶋: 出生率をいくつにしようという議論はやめた方が良い。欲しい数だけ生んで育てられる社会が豊かな社会だと思う。
加藤: なぜ、少子化だと困るのか? 自治体関係者がインフラ維持に困るという話はあるが、そのために子どもを増やせと言うのは本末転倒だ。
鬼頭: フランスのパックス、スウェーデンのサンボのような事実婚を促す制度を真似してもダメだろう。日本人は子どもを産むなら籍を入れる。事実、10代の婚姻率は増えている。子どもが生まれたら結婚するからだ。婚外子はヨーロッパのようには増えないだろう。
加藤: 人類学者の長谷川眞理子さんが、哺乳類では、“自分のために使う時間”“パートナーのために使う時間”“子どもを育てる時間”の合計は一定だと言っていた。すなわち、女性の選択によって、どれかが増えれば、どれかが減る。この傾向は、人の基本的欲求の結果であって、ある意味幸せになったのだと思う。

Q: グローバル化で非正規雇用が増えたために、結婚したくてもできなくなったのでは。
福嶋: グローバル化で非正規雇用が増えて困るというなら、グローバル化すべきでないのでは。でも本当にそうだろうか。
鬼頭: グローバル化と非正規雇用は直結はしていないが、仕事が海外に出ていくという意味では傾向はあるかもしれない。働き方が多様化する面はあると思う。政府は女性に働けと言いつつ出生率を上げろと言うのは矛盾だ。非正規雇用に関してはオランダ方式に学ぶべきでは。
加藤: 例えば大店法でスーパーを自由化したら、小売店が努力しなかったせいもあるが、小売店が無くなってしまった。ではグローバル化すると小売店が無くなるかと言えば、ヨーロッパではある。要は政策の問題ではないか。

Q: 自分の県は不交付団体で、高齢者よりも子どもに厚く支出している。出生率は1.43だが、東京、埼玉、静岡などからの社会増がある。
鬼頭: 豊かさの概念をどう変えるかが重要。この議論は、日本では主観的な幸福度で終わっている。あるフランス人は、日本人は愛し合わないからだと言っていた(笑)。
福嶋: 子育て支援は人の幸せのためにやるのであって、出生率を上げるためにやるのではない。人が生きるために社会はある。
加藤: 人口を増やせば、GDPを増やせば、幸せになれるのか? みんな、人口増のために子育て支援の大合唱だが、そうではないと知っていながら、それを言う勇気のある自治体は少ないのでは。

Q: ノマド化しているのでは。新潟は昔から季節的労働が多い。
鬼頭: 雪国では冬に若者が江戸に出るのが一種の通過儀礼になっていた。江戸時代にも都市と農村の交流があったということだ。いまの住基人口はあてにならない。東京の学生は結構東京で住民登録していない。
福嶋: 生活の拠点が複数あるのはこれから当たり前になる。2か所以上で住民登録できるようにしては? 現に、ゆるキャラには特別住民票を出している(笑)。自治体が住民投票権を付与することは可能だ。ふるさと納税の応用も考えられるのでは。やっちゃえば、いろんなことができると思う。
鬼頭: 個人がどこの住民か選べるようにすれば、税を配れる。住民票が導入される前(明治時代?)に“出寄留”“入寄留”という証明があって、それを見ると当時300万人ほど実際の戸籍との間にギャップがあった。居住実態が異なる人たちがどこに帰属するかは、考えてもよいと思う。
加藤: 地方自治体が、総務省に「こんなアイディアはどうか」と訊くと「ダメ」と言うから、福嶋さんのようにまずは黙ってやってしまうことだ。実際に条文にやってはいけないと書いてある法律は少ない。ヤマト運輸などは、ダメと言われたら法的に争う覚悟で、規制をどんどん崩していった。何かあるといけないから、お墨付きをもらっておこうとする気持ちはわかるが、お墨付きを出したくない人からもらおうとしてもダメだ。
福嶋: 国がどうこうより、自治体自身で考える。国の政策に対策されたくはないはずだ。また、他の自治体と差別化することを主眼に政策をつくると、本当に必要なところに税金がいかなくなると思う。

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