敬老会のシーズンです。
きのう、きょうと、地区の敬老会が続きました。
昨日は、緒川地区と森岡地区の敬老会でした。緒川の民生委員の皆さんからは「衣装も用意してあるから一緒に踊りましょう」とお誘いいただいたのですが、残念ながら、時間の都合で森岡コミュニティセンターに移動。森岡では式典の後で恒例の手打ちそばをいただきました。
今日は、生路地区と石浜東地区と平池台自治会の敬老会でした。生路では、カラオケマイクみたいなおみやげが付きます。これ、要らなくなったテニスボールとラップの紙芯でつくった肩タタキだそうです。
石浜は、いつもの老人憩の家が改修工事中なのでコミュニティセンターで開催。小学校の金管演奏うまかったです。
平池台では、お昼を挟んで酒食の宴会。定番のひょっとこ踊りに加えて、子どもたち有志のバンド&ダンス。我々もカラオケを歌わないと帰してくれません。藤江の区長さん熱唱中。
祝辞として次のようなお話しをさせていただきました。
ご長寿、おめでとうございます。
ご隠居様という言葉があります。もともとは、隠居は、戸主が家督を他の者に譲ることですが。第一線から退いて(引退して)、自らはのんびりと悠々自適の生活を送ること、あるいは(ライフワークみたいな)自分のやりたいことをやる。などを指すのでしょう。
ご隠居と言えば水戸黄門が有名です。徳川光圀は62歳で隠居して、73歳で亡くなっています。当時としては長生きされたのでしょう。藩主時代には船を建造して北海道に渡ったこともあったようですが、隠居してからは、箱根の山も越えたことはありません。諸国漫遊世直し旅は創作です。
隠居してから、日本国中を歩いた人がいます。伊能忠敬です。忠敬は江戸時代半ばの1745年に千葉県に生まれます。伊能家に婿養子に入り、ガタガタだった家業の酒造業の経営を10年で立て直して、財産を増やして49歳で家業を長男に譲って隠居します。
かねてから暦に興味を持っていたので、当時の高名な天文学者(といっても31歳)に頭を下げて弟子入りします。
それで日本地図を作っていくのですが、元々やりたかったのは天体観測をして、遠く離れた2点間の距離を求めて地球の大きさを測りたかったのが、幕府から蝦夷地に渡る許可を取るための口実として地図測量をすることになったのです。それ以降、10回の遠征(長いものは3年間)をして、最初は誰も協力してくれない中で、北海道から、九州の島、伊豆諸島まで、日本全国を測量して回って、214枚(1/36000スケール)にもわたる日本全図を完成して幕府に納めます。そして、73歳で没します。
忠敬の死から43年後の1861年の幕末、イギリス測量船が日本に沿岸の測量を強引に求めてきました。そのときに、忠敬のつくった地図を見て、もう作る必要がないと言ったそうです。鎖国をしていた西洋式の測量器具のない島国にこんな技術があったとはと驚いたそうです。
ひょっとすると、ご隠居のライフワークが、日本を欧米列強の植民地化から救った理由の一つだったのかもしれません。
高齢者のことを、年寄りと言いますが、私は、経験を年輪のように寄せて積み重ねるイメージを持っています。年とともにドンドン知恵を重ねて賢明になっていくイメージです。栄養、運動、睡眠に留意されて、さらに成長していただけたらと思います。
若造がこんなことを言うのもなんですが、ぜひ、いろんなことに挑戦していただいて、生きがいのある充実した毎日を過ごしていただきたいし、良い孫育て、ひ孫育てをしていただきたいと思います。
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