« スケジュールの合間にいただいた蕎麦が美味 | トップページ | 介護保険推進全国サミットin岡山 »

2016/10/20

ぼくらのランドマークだった『依佐美の鉄塔』

今年、2月頃に依佐美の鉄塔と送信所があったところに立ち寄る機会があった。旧日本軍の送信所を経て1994年(平成6年)まで在日米軍の対潜水艦通信施設として使われていた所だ。冷戦時代には、ここにも核ミサイルの照準が付けられていると言われていた。
送信所の建物は現在、刈谷市の記念館としてリニューアルされている。内部には送信所の歴史や現存する機械類の展示がされている。昔の装置なので、当然アナログだし、デカい。超長波を発信するのにモーターと発電機を使うのも、いかにも時代を感じる。

依佐美送信所について詳しくは、以下の関連サイトを参照。
 ・依佐美送信所公式サイト
 ・依佐美送信所記念館・・・
 ・依佐美送信所Wikipedia

 Yosamikinenkanpic1Yosamikinenkanpic3

Yosamikinenkanpic2_1192x1700

8本あったアンテナを張るための鉄塔は、基部を残して上部を切断されたものが一基のみ残されている。

かつて、高さ250m×8本の鉄塔群は壮観で、この辺りのランドマークだった。当然、平らな三河の台地を車で走っているときの目印にもなったし、新幹線で帰省するときには、新安城駅を通過するまでもなく故郷に帰ってきた目印になったものだ。
夜になれば、衣浦湾越しに、にぎやかな赤色の航空障害灯の点滅が見えるのが東浦の夜景の定番だった。

下の写真は、平成8年頃、鉄塔の解体が始まると聞いて、現地を見に行った時のものだ。

Yosamiprev002_820x615

Yosamiprev003_800x600

Yosamiprev001_640x456

|

« スケジュールの合間にいただいた蕎麦が美味 | トップページ | 介護保険推進全国サミットin岡山 »

コメント

・依佐美送信所Wikipediaにも書かれていますが、昔、ラジオ技術の本に"依佐美送信所の長波電波をハワイの海にもぐっていた潜水艦が通信を受けていた"といった文章があったことを思い出します。短波、中波は水面で反射してしまうが、長波は水の深くまで到達できるという説明があったと思います。しかし送信設備は重厚長大なものになりますね。米軍の施設になっていたということですが、昭和の10年代に日本はよくぞこれだけの設備を作ったと技術への意気込みを感じます。世界中でいくつの設備があったのでしょうか。一桁代ではないでしょうか。

投稿: とだ-k | 2016/10/24 19:55

依佐美の無線電信はたぶん世界最大級で、いま残っていれば世界遺産登録運動が起こっていたかもしれません。

以前、千葉にも無線鉄塔があったと思います。調べてみたら、もう取り壊されているようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E7%84%A1%E7%B7%9A%E9%9B%BB%E4%BF%A1%E6%89%80%E8%88%B9%E6%A9%8B%E9%80%81%E4%BF%A1%E6%89%80

それから、長崎の針尾の通信塔は有名ですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%9D%E5%B0%BE%E9%80%81%E4%BF%A1%E6%89%80

宮崎県えびのの超長波通信施設は、比較的新しくて、現役です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%88%E3%81%B3%E3%81%AE%E9%80%81%E4%BF%A1%E6%89%80

超長波は水中も透過するため、潜水艦への通信に使われていますが、地上からの一方通行なので、潜水艦から発信するときには浮上しなければならないようです。

投稿: 神谷明彦 | 2016/10/24 22:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/80448/63885383

この記事へのトラックバック一覧です: ぼくらのランドマークだった『依佐美の鉄塔』:

« スケジュールの合間にいただいた蕎麦が美味 | トップページ | 介護保険推進全国サミットin岡山 »