今晩のブラタモリは、熱田界隈。
先週放送の名古屋城に続く、今週のNHKブラタモリは、熱田だった。
名古屋城が熱田台地の北端なら、熱田は熱田台地の南端にあって、台地が海につながる所にある。家康はここに港を造って、名古屋城下の玄関港とした。しかし、熱田から名古屋城まで7kmの距離がある。
これを解決したのが、熱田台地の西の縁を通る堀川。洪水や高潮の影響を受けないように、台地の下ではなく台地の斜面に少しかかったところを掘削して造られた運河だ。堀川沿いを歩いてみると(堀川沿いの店舗の地階などに)今でも当時の荷揚げ場の石垣が残っている。御三家筆頭の尾張藩は木曾の美林を領有していて、堀川沿いは上流から運ばれてくる木材の大集散地だった。堀川は今でも河川ではなく名古屋港の一部として管理されている。
東海道は熱田の宿を通るが、名古屋城下は通っていない。東海道は熱田神宮のすぐ南にある宮の渡しから海路で桑名へと続いている。これより西は木曽三川河口部の湿地帯が延々と広がっている。(といっても、木曽三川は濃尾平野の中で桑名寄りを流れている。これは、養老山地を造った養老断層があって、養老山地は隆起、濃尾平野の西端は沈降しているためだ。)七里の渡しの東の起点、熱田の宿は240軒もの旅籠があって、東海道一の賑わいだったそうだ。今では、1軒だけ、江戸時代の旅籠屋だった建物が残っている。
あたりはすっかりの変わりよう。「経済発展は刹那的な風景しか残さない。それでも土地が覚えている記憶は消せない。」とのコメント。さらに、タモリさん曰く、「尾張の人たちは、家康の計画した通り今も生活し続けている。」。これって、「家康からもらった恵まれた立地で、今もぬくぬく暮らしている。」とも取れそうで、すごく示唆的かも。
名古屋観光コンベンションビューローのHPにブラタモリのマップ付き特集記事が出ている。
→http://www.nagoya-info.jp/tokushu/buratamori02.html
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