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2017/07/11

月刊「ソトコト」編集長 指出一正さんの講演

5月に、地域問題研究所の市町村ゼミナールで、「地方の魅力を編集し、発信すると何が起こる?」と題した、月刊「ソトコト」編集長 指出一正さん(47歳)の講演がありました。

指出さんについては、「ソトコト編集長」で検索するとたくさんの記事が出てきます。
 http://www.j-wave.co.jp/blog/news/2017/03/post-3314.html
 https://www.70seeds.jp/sotokoto-225/
 http://news.mynavi.jp/kikaku/2017/01/06/003/
 http://news.mynavi.jp/kikaku/2017/01/13/001/

講演では、指出ワールドが炸裂。指出さん特有の口調と雰囲気で、事例を次々に紹介。実際に、地方体験、山体験をしないと、こういう話しは出てこないと感じます。以下は、そのラフな要約メモです。

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自分が「ソトコト」の編集長になって、「これを知らないとノッテいけないよ」みたいな空々しいクラシックなメディアによるライフスタイルの提案はやめた。いわゆる「編集者」をやめた。
東京は週2日のみ。自分をレンタルで貸し出す、レンタル編集長のトークイベントを行っている。講演や対談で全国を回っている。

地方に講演に来た講師がよく言う「また来る」はウソばっかし。でも、自分は(年1回かもしれないが)必ず行く。今、全国20ヵ所くらいを定点観測している。
(そういう自分は、一番信用してはいけない地方コンサル的な肩書と風貌なのだが(笑)。)

世の中のスピードから飛び降りて、6年編集長をやった。自分は、かつてはロハスをはやらせた責任者だ。(コロラド州ボルダーのロハス会議に行って、ヨガとマイクロビオティックスをやってればいいみたいな)2次情報は血肉になっていないと今つくづく思う。

バブルの名残で、学生時代は先輩からのタクシーチケットで大学から帰るような生活もしていたが、自分の趣味は、山登りと魚釣。森林生態系はわかり易い。日本には、もう3~4カ所しか本当に豊かな水系がない。
月刊「アウトドア」で、東京的なものが中心な中で、山口の阿武、香川の満濃、津軽の鶴田へ行って、紹介する記事を書いた。

海士町の「僕たちは島で未来を見ることにした」がおもしろい。
島根県は、「新しい移住」「教育移住」「高校魅力化プロジェクト」などを打ち出した。

とさぶし」という高知発のフリーマガジンがある。
地元のことを再発見するのに疲れて諦めている時代。ありきたりの「かつお」「おひろめ」「ビール消費日本一」「坂本竜馬」は、もうやめましょう。また、香川、徳島など隣(ヨコ)を見ても、本当に仲間になってもらいたい若者に届かない。「名物」「タレント」・・・どこにでもあるような幕の内弁当はダメ。
「若い人が好きそう」な「マルシェ」「クラフトビール」・・・のようなウソの前向きは、結局後ろ向き。その場凌ぎはやめよう。
そこで、ウツボを洗濯機で洗う。大勢で皿鉢料理をやる。こんな地元ネタを出すと、大学生や地元のNPOの子たちが「とさぶし おもしろい」となった。それで、「やってみたい」「じゃーやってください」で、年に4刷発行して18号になった。

しまコトアカデミー講座」は、定住政策をやり尽くした中で、定住はしなくていいから、生簀(考えてくれる人)を東京につくりたいという発想で始めた。それで、80人くらいが卒業して、結果として、20%がUIターン、96%が社会性の高い活動をしている。
たとえば、シェアハウス、セレクトショップ、金魚養殖など、広島や奈良や福井でも同様の動きがある。「奥大和アカデミー」は、名古屋と関係人口を作ろうとしている。

里山未来博」は、90万人?が参加、各地域で小さなプロジェクトを手掛けている。隈研吾が休校になった小学校のリノベを手掛け、クラウドファンディングで3800万円集めた。関わることに意味がある。
地元の牡蠣殻やデニムを使うプロジェクトもある。

「ソトコト」は19年続いているが、自分が編集長になってから、スローライフ、ロハスなど、ゆるくおしゃれに環境を考える、そんな“ロハスピープルのための快適生活マガジン”をやめて、“リアルにソーシャル&エコなマガジン”に変えた。社会性のあることを面白がってやるローカルなプレーヤーに出て来てもらうことにした。

真鶴のまちづくり条例(美の基準)は美術の教科書みたいに「実のなる樹木」「すわれる場所」といった表現がある。これは、真鶴には外資によるリゾートマンションは不要との考えで、コンパクトで景観の良いまちづくりを求めたもの。

最近、“スーパースターでないまち”を発見しようとする傾向がある。ローカルにチャンスだ。「自分が見つけた感」が大事だ。

真鶴に「ケニー」という小さなピザ屋がある。これで湯河原のピザーラの売り上げが減った。
アートフェアで空き家がなかったりする。いまは、平屋の汲み取り式が人気。これが格好いいい。
かっこいい、おもしろい、もうかる、がキーワードだ。

桃色ウサヒ」の活動をしている佐藤恒平さんという若者がいる。
通販で3万円で買ったウサギの被り物に、おばちゃんがリンゴのポーチをくれる。おじさんがあさひまちのシールをくれる。
たくさんある中で、どの順番に出していくとタイミングが良いか。地域の人が関わる仕組みを作る。まさに、編集者と作家の関係だ。伝えたい人に伝える場づくりだ。
たとえば、朝日町に空気神社という所がある。届かない人にメッセージを届けるのが編集だ。
忍者ごっこをやるためのゲストハウスをつくる。面白いことをやる人に来てもらう。手裏剣も開発。ガチャガチャで1合200円の米(当たりは天日干し米)が買える。サービスができないのでそれで自炊してもらう。
それで、500円しかもっていなかった農大生が6年暮らしている。そして結婚した。本人は冒険者かもしれないが、その彼と結婚した奥さんの方がよほど冒険だ。彼は、出雲でどんぶり金魚をブランドにしようとしている。

林篤志さんという32歳の人が、遠野でポスト資本主義社会を考えるNext Commons Labという活動がある。彼は、世田谷ものづくり学校土佐山アカデミーをプロデュースする、いわば現代の宮澤賢治だ。
以前は「日本に住んでいる」で済んでたのに、今の20代、30代は6つくらいの社会(Line、Instagram、etc.)に住み、その1つ1つの世界がどんどん薄くなっている。
2005年に生まれた子の平均年齢が107歳になる?という。一番良い時をスポイルしているのでは。だったら、新しい社会を作ろう。
マイクロエコノミーの試みを行政が理解して、遠野が始めた。ネクストコモンズラブの仕組みでマイクロ経済をつくる。遠野、奥大和、加賀や南三陸でも。ロート製薬もバックアップしている。

神山、上勝に続くスーパースターはどこか?
(日本で最後にオオカミが確認されたところ)東吉野オフィスキャンプがおもしろい。クリエイター、写真家、漫画家などしか移住を認めない。坂本大祐さんが番人。クリエイターが合流してドライブがかかる。
村長が夜な夜な飲みに来て、提案が実現するなんて体験を若者はしたことがない。東京よりも面白いことがある。現地でデザインした商品をD&DEPERTMENT 、なかがわ商店で売っている。東京でつくっていない。ローカルで発信している。

徳島県上勝町の雑貨&クラフトビールRISE&WINは、wasteでできた家、限りなく社会問題をミーハーに語る。現美新幹線をプロデュースしたトランジットジェネラルオフィスや、イギリスのアッセンブルが、上勝で社会課題を建築で解決することに挑戦している。

東京から一番遠い市と言われる島根県江津市のビジネスプランコンテスト。岡山県真庭市のカフェ&ベーカリー タルマーリーは、地元の小学生に壁を作ってもらって地元の愛着のあるモノにしたかったそうだ。
デザインオフィス「SUKIMONO」の下平さんは、東京やニューヨークでは新しいテクノロジーや素材はあるが、人との関係は得られないし、地元を学ぶ関係性がないと言う。東京みたいな資本主義とかに固着されていない社会に住んでいる。
マクロビオティックの料理とガチガチのハード系のパン。これはローカルニッチに向いていた。これだけが目標のイベントに加えて、他に何か体験できればオマケになる。
江津に行ったら50人の人をSNSで紹介してくれた。蔵庭を応援したいからということで30人が集まる。

人口30~40万人のまちに住んでいる人は、実は東京に住みたいのだけど、安く住みたいからそこにいる人。だとしたら、寝に帰るだけの人口は本当に必要か?
今の課題がわかっている行政マンにとって、数よりも粒が大事。関わり代のあるまち、必要な人の関わるまちこそが、目指すべきものではないか。

高崎市のケルナー広場は、市が1億円でつくった怪我をしそうな遊具広場だ。
(群馬県はブランドランキングで47位。なぜか群馬県のプロモーションビデオには県民が出てこない。)
アメリカからエリック・カール(腹ペコ青虫の作者)を高崎に呼んだことのある絵本屋のおばさんが、ドイツからハンス・ゲオルグ・ケルナーを呼ぼうとしたが、初めは断られた。そこを何とか頼んで、来てもらった。
失敗できない遊具は子どもたちをダメにする。公園に自他の違いを感じられる遊具が欲しい。ケルナー広場の遊具は、一見危険に見えるが、それでいて欧州の厳しい遊具基準をクリアしている。
ケルナー広場には、「親愛なるお父さんお母さん。ここからは子どもの大事な時間です。何も子どもに言わないでください。」と書いてある。一日の間で、まちに一番長く滞在しているのは、お母さんたちと子どもたちだ。2016年3月にオープンして、1ヶ月で3万人以上が来た。市民が自ら関われないと自治にはならない。

その他に、

・「パーリー建築」で皆がパーティ。
https://readyfor.jp/projects/party-architecture
https://www.facebook.com/pticpartic/
http://greenz.jp/2016/08/12/pticpartic/

・ペンターン女子
http://pen-turn.com/

・西粟倉村ローカルベンチャー
http://guruguru.jp/nishihour/lvs
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/chiiki_shigoto/h28-02-07-siryou3-5.pdf#search=%27%E8%A5%BF%E7%B2%9F%E5%80%89%E6%9D%91+%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%27

・シマントモリモリ団
https://www.facebook.com/shimantomorimoridan/

・ソーシャルな芋煮会・・・真室川 森の家
http://www.morinoie.com/imofes/

なども、簡単に紹介。

そして、最後にこう結んだ。

新しい地方を編集し、発信するソーシャルな視点
・関係人口を増やす
・未来をつくっている手応え
・「自分ごと」として楽しい

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コメント

最近、内山節氏の本を読むようになって見つけた地域雑誌です。薄いですが、興味ある記事が多いですよ。
HPを載せておきます。
http://www.kagaribi.co.jp/

投稿: 大西一矢 | 2017/07/13 08:54

大西一矢様
お知らせありがとうございます。
月刊「カガリ火」ですか。最近、本屋をうろついていませんが、本屋では売ってないでしょうか。Amazonでは扱ってないようです。
地方を真面目に語る雑誌。自然と人間との関わり、人同士の関わりを大切にすることが根底にあるようです。
HPの中にあるコラム「記憶に残る街 忘れ得ぬ人々」
http://www.kagaribi.co.jp/wasureenu.html
の矢祭町についての記事http://www.kagaribi.co.jp/wasureenu.html#Anchor--.-17231
を(矢祭については以前から色々と聞いていましたが)、改めて読んで感じ入りました。ちょっと長いですが引用します。

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中央が地方を見習う時代矢祭町の役場職員は、紛れもなく“公僕”である。

 黒澤明監督の名作『生きる』は、下町の役所の窓口の場面から始まる。雨が降れば水があふれて、危なくて不潔でしようがない暗渠をどうにかしてくれという住民の苦情を、役所はものの見事にたらい回しにする。市民課ー土木課ー公園課ー衛生課ー下水課ー道路課と、住民は延々とたらい回しにされた揚げ句、最後は市会議員、助役を経由して、元の市民課に戻ってくる。思わず噴き出してしまうが、行政の煩雑極まりない機構と、公務員の無責任さを象徴しているシーンだ。


 さすがに現在では、地方自治体の改革はずいぶん進んで、映画にあるようなたらい回しは少なくなった。遅レズ休マズ働カズがいちばんという風潮は過去のものとなりつつある。しかしながら、まだまだぬるま湯に浸かっているような役場もあって、電話をすると、終業時間を数分過ぎただけで、“本日の業務はすべて終了しました”と録音テープが回り出す役場も少なくない。日本の公務員は約400万人。霞が関の官僚から役場職員まで、一体、何人が“公僕”であることを自覚しているだろうか。あるいは住民から、あの人は“公僕”であると評価されているだろうか。甚だ心細い限りである。今月は、正真正銘の公僕たちをご紹介したい。


本邦初の「出張役場制度」


 役場というところは、終業時間になれば、クモの子を散らすように退庁する職員が多いのだが、福島県矢祭町では8月1日から、窓口業務を大幅に時間延長した。従来は午前8時30分から午後5時15分だったものを、朝は1時間早めに午前7時30分から、夜は1時間延長して、午後6時45分まで受け付けるようになった。


「フレックスタイムを採用したんです。ですから、基本的に職員の拘束時間は変わりません。7時30分に出勤する早番の人は、昼休みは11時から12時までですから、12時の昼休みになっても窓口業務も休むことなく受け付けることができるんです。土・日曜日は、従来も日直はいましたが、書類などを預かるだけだったんです。今度からは平日と同じように各種の手続きをできるようになりました。この制度は超過勤務ではありませんし、休日出勤は振り替え休日を取ってもらうことにしていますので、むしろ今までの時間外手当が減った分、年間にして329万4千円が浮くことになります」と高信栄一健康福祉課長は言う。


 時間延長は、住民の立場に立った改革だが、実はもっと住民側に寄り添った大胆な改革があった。出張役場制度である。


 これは、役場職員83人全員の自宅を出張役場として位置付け、住民は職員の自宅を訪


ねれば、窓口業務を受け付けてくれるというものだ。


「役場から離れている山間部に住んでいる人は、特に便利になったと思います。地元の人たちは、どこの誰が役場に勤務しているか知っていますから、朝、職員が出勤する前に、印鑑証明を取ってきてほしいと頼めば、その職員は役場で手続きをして、帰宅の途中に届けるということです」と古張允助役。


 職員全員の自宅には、「出張役場」と印刷された封筒が常備されていて、その中には必要な書類はすべて入っている。


 この制度は確かに親切ではある、しかし、いかに“公僕”といえどもここまでやる必要があるのだろうか。農業の人は、朝が早いから、まだ職員が寝ているうちに訪ねて来ることがあるかもしれない。夜は夜で、集落の人が訪ねて来たときに、帰宅後の職員は一家団欒の食事中かもしれないし、風呂に入っているかもしれない。のんびりナイターを見ているときでも、「ごめんください。ちょっと戸籍抄本が欲しいんですが……」と言われれば対応しなければならないのである。職員といえどもプライバシーがあるし、ご本人はまだしも家族の人も神経を張り詰めていなければならないのではないか。


「昔から、近所の人の用足しは頼まれていましたから、そんなに負担は感じませんよ。集落の人だって、何も深夜に突然やって来るわけじゃありませんし、これからちょっと行くからと事前に電話もくれるし、しかも、これは何も強制ではないんです。したくない人はしなくてもいいんです」と金澤邦昭総務課長。


 嫌なら断ればいいとはいうものの、職員は実際には断れない雰囲気なのだ。


 根本良一町長は、「嫌ならしなくていいんです。ただ、町民の方たちは、Aさんの家に行ったら気持ち良く対応してくれたけれど、Bさんの家に行ったら断られた。あるいはつっけんどんにされたとか、いろいろ叮尊し合うでしょうねえ」と笑う。町民の信頼を裏切っても構わないのなら、どうぞお断りなさいと言外ににおわしているけれど、矢祭町には、そんな職員は一人もいないという自信があるようだった。


 窓口業務の受け付け時間を延長したり、出張役場制度を導入したきっかけについては、根本町長が遭遇したこんなエピソードがあった。


 ある冬の朝、町長が朝刊を取りに自宅の門まで出たときに、一人の女性が、通りに立っていた。こんな朝早くからどこに行くんだと町長が声を掛けた。女性は、日立市まで日雇いの土木作業員として働きに出ているのでバスを待っているという。冷え込みが厳しい日で、しきりに足踏みしていた。日当が一日8千円、帰宅するのは夜の8時ぐらいだということだった。町長は思った。この女性が役場に住民票や印鑑証明を取りに来るときは、仕事を半日休まなければならないだろう。日雇いだから休んだ分だけ時間給は減らされるだろう。帰宅後では、役場は終わっている。不況だから、仕事を休んだらクビになりかねない。その女性に比べたら、なんと役場職員は恵まれていることか。という感想を町長は高信由美子自立推進グループ長に漏らしたことがあった。行政機構改革のプロジェクトチームに選ばれた高信さんは、この話を会議で披露したところ、斬新な改革案がまとめられることになったのであった。


機構改革の前に、意識改革


 矢祭町の行政機構改革は、町長主導ではなく、選抜されたプロジェクトチームによって、3カ月間の侃々諤々の議論の末に生まれた。古張允助役、金澤邦昭総務課長、高信栄一健康福祉課長、鈴木俊二事業課長 高信由美子自立推進グループ長、藤田宗夫企画財政グループ長、大串肇総務グループ長、金澤邦芳福祉グループ長、それに白石勝夫中央公民館長の9人である。


 なぜ、ここまで厳しい改革案が出てきたのだろうか。


「ご承知のように、平成13年の10月の議会で『市町村合併をしない矢祭町宣言』の決議案を満場一致で可決したことで、本町は一躍有名になりました。以来、全国から行政視察が相次ぎまして、これまでに350を超える市町村が見えております。訪れた人たちは『本当に自立してやっていけるんですか』と口々に聞くんですね。それで、われわれ職員も旧態依然のままでいいのだろうかと危機意識を募らせるようになったんです。まずは、徹底した効率化を図らなければいけない、しかも、行政サービスは低下させられない。合併せずに自立していくためにはどうしたらいいか、毎晩、ああでもないこうでもないと議論をして、出来上がったのが行政機構改革なんです」と、白石勝夫中央公民館長は言う。


 その結果が、業務時間の延長であり、出張役場の設置であった。ほかに、役場消防団の設置や全職員による滞納整理がある。各集落の消防団員も高齢化しているうえ、昼間は遠方に働きに出ていたりする。昼の有事に、敏捷に行動できるのは役場の職員だということで、「矢祭町役場」と染め抜いたハッピを貸与され、定期的に訓練を行っている。


 職員全員での税金の滞納整理も、他の役場でやっているという話は聞いたことがない。就業時間を終えてから、税金の滞納者の自宅を訪問して納税をお願いして歩くのである。これとて、楽しい役ではない。しかし、将来にわたって安心して暮らせる矢祭町をつくるには、いかに納税が大切かを町民に説得して歩かねばならない。中には、倒産やリストラ、あるいは病気などで納税できない家庭もある。嫌味を言われることもある。しかし、職員一人一人が、家庭を訪問して、現実の厳しさを感じながら、納税の責務を語るのであるから、公務員としての責任がひしひしと迫ってくる。ひと昔前の映画の場面のように、机に足を投げ出してのんびりタバコなど吸っていられなくなる。職場に緊張感が生まれたのだった。


 行政機構改革では、このほかに、下記のような改革を進めている。


?将来は職員を50人体制とし、人件費の削減を図るため、平成15年度、16年度は町部局を、左記の5課1室にする。

•自立推進課(新設)

•総務課

•健康福祉課

•住民課

•事業課


●部局外については教育委員会に教育次長制を廃止し、教育課を設置する。


●平成16年度より保育所・幼稚園の一元化を実施するため、保育所は教育委  員会管轄となり、幼児教育グループに所属する。


●平成16年4月よりデイサービスセンター舘山荘を外部委託とし、組織を社会福祉会の中に入れる。
●平成17年4月より、さらに簡素化を進め、収入役を置かず、住民課を健康福祉課に統合し、町部局は4課1室、部局外は教育委員会1課とする。


●平成17年度より公民館長は教育課長が兼務する。


●平成17年度より学校給食センターは外部委託とする。


●平成17年度より議会事務局の事務局長は総務課長が兼任する。


 ことあるごとに小泉首相は構造改革を口にするが、国の改革より、矢祭町のほうがはるかに先を行っているではないか。


町長の報酬は総務課長と同じ


 これらの機構改革は職員の意識改革がなければできなかった。例えば、議会事務局などは、議会開会中は忙しいけれど、その他の時期は比較的、暇なのである。しかし、昔から部局として存在するから、その席に職員は何の疑問も感じないで張りついてきた。矢祭町では、少ない人数で、しかも行政サービスを低下させないためにどんな機構改革が必要かを考えたとき、これまで見過ごしてきたいろいろな無駄や矛盾がはっきりと認識されるようになったのだという。ということで、平成17年度より、議会事務局長は総務課長が兼任ということになった。税務課は総務課に吸収した。税務は確かに重要な仕事であるが、納税のシーズンが過ぎるとやはり比較的、暇になる。しかも、税金関係は大方はコンピュータが処理してくれるのである。これなども、意識改革がなければ、昔ながらの税務課は温存されたままになっていただろう。矢祭町の機構改革は役場職員一人一人の自己改革でもあるのだった。


 課が統合しただけでなく、係長制度を廃止した。役場では係長という役職があるために、下から順番に決裁を積み上げていかなければならず、往々にして事務を複雑にしていた。スムーズに仕事がはかどるようにするため、係長を廃止し、グループ長制にした。グループ長は役職ではなく、機能を果たすための便宜的な呼称でしかない。


 矢祭町で忘れてならないのは、町議会議員の存在である。先の「市町村合併をしない矢祭町宣言」も、議員提案によって、満場一致で可決されたのである。


 そして、今度は議員の定数の削減が議会で可決された。現在18人いる議員を次の選挙から10人にするという。議員定数の削減は、ほかの市町村でも実施しているけれど、ここまで大幅に削減するのも珍しい。


「そりゃあ、本当の正直な気持ちを言えば、嫌ですよ。しかし、もし、合併したら、矢祭町から出せる議員は2人か3人でしょう。わが町は合併しないで自立を選択したのだから、議員も自ら血を流すのは当然ですよ」と石井一男議長と立花利夫議員は口をそろえる。常日ごろ立派なことをおっしゃっている国会議員の先生方も、こと議員定数削減の話になれば、急に党派を超えて団結して反対する。そんな先生方と比べれば、地方議員のほうがはるかに品格があるではないか。


 さて、最も肝心な財政の見通しはどのようになっているのだろうか。企画財政グループの藤田宗夫グループ長は、次のように分析する。


「矢祭町の経常的経費は約27億円です。これに対して歳入は、普通交付税が2000年度で、20億円、これが2割減の16億円になるのではないかと予測しています。町税収入は過去の実績から6億円の確保は可能で、他の交付金や使用料などを合わせて24億円と見ています。歳入と歳出の差、3億円をどのように確保するかが今度の行政機構改革の大きな目的の一つなんです。歳出カットだけではなく、自主財源を確保するために、私は企画財政ですが、企業誘致のためにあっちこっちの会社を訪ね歩いているんですよ」


 今回の改革で驚くべきは、三役、教育長の報酬の引き下げである。町長の年間報酬は1133万円、教育長は852万円だった。これを総務課長の826万円まで引き下げたのだ。根本町長は「どう考えても総務課長ほど働いておりません」という名言を残した。将来は収入役の廃止も決めている。


 最近は選挙が近づくと、報酬削減を公約にうたう候補者も増えているが、矢祭町は選挙のための人気取りの削減ではない。自立した町を維持するための気迫のある削減なのである。3役の報酬を総務課長まで引き下げた決断について、総務大臣や官僚たちは“恐れ入りました”と素直に頭を下げているだろうか。おそらく、いままでの反応から推測すると、「ポピュリズム(大衆迎合主義)だ」と言うに違いない。エリートたちは自分たちの報酬は決して下げたくないものだから、自ら身を削っている人たちの揚げ足をとってきた。エリートの言うポピュリズムとは、ただの欲深おじさんたちの自己弁護でしかないのである。このほかに審議会も見直しの対象になり、今年度から文化財保護委員会など、町が定める22の審議会委員の報酬はゼロか2割にカットした。


 ここまで徹底的にスリム化を図れば、気持ちに余裕がなくなり、人間関係もぎすぎすしてくると想像する方もいらっしゃるかもしれない。あるいは、町長の強権発動で、下の職員はたまったものでないだろうと同情する読者もいるかもしれない。


 ところが、それが全く違うのである。役場も町民も合併をしないと宣言をしたことで、腹をくくったというのか、肝が据わったというのか、明るく堂々としているのである。


役場が日本を変える


 実は、根本町長は今年の春、5期20年を区切りに町長を引退する決心をしていた。3月議会の最終日前日に引退表明をすることを地元紙の「福島民報」の記者に話していた。ところが、それを知った町民は役場に押し掛けてきたのである。消防団や交通安全協議会の人たちが「町長が辞めたらおれたちもハッピを脱ぐ」と口々に迫って翻意を促した。民生委員も、各種団体の役員も6選に応じてほしいと懇願した。圧巻は100人の女性たちが町長室を占拠するかたちで、「辞めるなんて言わないでください」と涙ながらに訴えたのである。


 町長が、「すでに辞めることを妻と約束したから今さら困る」と言うと、女性たちは町長の自宅から夫人を役場まで引っ張ってきて、ともども説得したのであった。さすがの剛腕の町長もこれには感極まって鼻水でぐしゅぐしゅになりながら、ついに6期目も引き受けることになったのであった。本誌はこれまで多くの首長を取材してきたが、ここまで住民の信頼が厚い町長を知らない。


 片山前総務大臣は根本町長を「目立ちたいんでしょう」と揶揄した。総務省の担当官は、矢祭町の町長や町議会議員は保身のために合併したがらないと言った。


 世の中は偏見と嫉妬に取り囲まれているというものの、今度の矢祭町の行政機構改革を見て、政府はそれでも目立ちたいからやっていると言うのだろうか。


 根本町長は、他の市町村も合併しないで自立したほうがいいなどと煽るようなことは一言も言っていない。ただ、自分の町は合併しないと言っているだけである。


 国のお役人も、もう少し冷静に、あるいは相手の立場に立って想像力を働かせてみたらどうだろうか。もし全国3200弱の自治体が、矢祭町と同じような改革に取り組んだら、どれほど予算が削減され、国力が上がるか分からない。


 今までの地方行政のネックの一つは、「うちの町で補助金を不要といっても、どうせ他の町に回るだけだから、節約にならない。それなら、くれるというものは貰っておいたほうがトクではないか」というものだった。そのために、不必要なハコモノが全国各地に乱立したのである。この地域エゴイズムが日本の地方を駄目にしてきた。矢祭町の機構改革の底流にあるものは、その浅はかな政策への諫言でもあるような気がする。


 矢祭町の機構改革は平成17年度の4月1日を本格的なスタートとして、それまでの15年、16年は助走期間と位置付けている。合併をしない宣言をした矢祭町としては、どんな些細なことであっても難癖をつけられないために、万全の対策をとっているようにも見えた。


 小泉首相は、“改革には痛みが伴うものだ”と言う。なるほど、そのとおりだろう。しかし、痛みは分かち合ってこそ耐えられるものだ。お上が一方的に下々に痛みに耐えよといっても、それは理不尽というものだ、むしろイジメではないか。


 また、小泉首相は、やっと改革の効果が芽を出してきたと胸を張っているけれど、あまりにも遅過ぎる。矢祭町の緊迫感とスピードを見習わなければいけないのではないか。


 根本良一町長は言う。


「いちばん賢明なのは町民です。何が正しくて、何が間違っていることなのか分かるようになったと思いますよ。それに矢祭町住民の純粋性、これが明日の矢祭町をつくっていくと思います」
かがり火No96 p4掲載記j

投稿: 神谷明彦 | 2017/07/27 06:54

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