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2017/09/02

各地区の敬老会が始まりました。

敬老会のシーズンです。各地区で75歳以上の方々のご長寿をお祝いしています。
今日は、緒川と森岡の敬老会でした。森岡では、恒例のそば打ち同好会によるそばの振る舞いがありました。写真は調理室で準備中の皆さんです。

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敬老会では次のようなご挨拶をさせていただきました。

 ご長寿おめでとうございます。

 私は昨日まで、アメリカのオレゴン州ポートランドという所に行っておりました。ポートランドは、アメリカのまちにしては珍しく、公共交通に力を入れていて、都市に成長の限界線というものを設けて、徒歩で暮らせる範囲内にコミュニティをつくり、それらを公共交通でつなぐコンパクトシティのお手本のようなところです。情報公開と住民参加にも熱心で、環境政策にも力を入れているところで、現地の方たちと交流しながら見学、研修をしてきました。これについては何かの機会にお話しできればと思います。

 さて、これまで敬老会で、水戸光圀や伊能忠敬のお話しをさせていただきました。今日は、水戸黄門同様にテレビでも有名な大岡越前守忠相(ただすけ)を取り上げたいと思います。
 大岡家は元々三河武士で、徳川家の譜代の家臣です。江戸幕府ができてから旗本として現在の神奈川県茅ケ崎市に領地をもっていました。
 36歳の時に伊勢山田奉行に任ぜられました。その時に紀州藩との間に領地問題があったり、当時紀州藩主だった徳川吉宗を密漁をしていたとして逮捕したりで、吉宗と面識ができ、その公正な姿勢を買われたというお話?があります。
 それで、吉宗が8代将軍になった後に、江戸南町奉行にとりたてられ、約20年間勤めました。江戸町奉行というと、大名でこそありませんが、今でいえば、東京都知事と警視総監と裁判所長官を兼ねたような要職です。物語やテレビでやっているような大岡裁きは創作だそうですが、この間、江戸町火消を組織したり、小石川に療養所を開設し貧しい人たちに医療を提供したり、さまざまな実績を残しています。
 その後、寺社奉行になり、現在の岡崎市に領地を加増されて1万石の大名になっています。町奉行から大名にまでなったのは江戸時代を通して一人だけだそうです。(このご縁で現在、岡崎市と茅ヶ崎市はゆかりのまちの提携をしています。)
 大岡忠相は、徳川吉宗が亡くなった年の年末に後を追うように亡くなり、享年75歳でした。当時としては大変な長寿です。ちなみに、吉宗は66歳。(加藤剛さんは79歳で今もお元気です。)
 忠相の凄いのは、亡くなる年の11月まで寺社奉行を務めていたことです。まさに生涯現役でした。

 サミュエル・ウルマンの青春の詩にもあるように、青春とは人生のある時期のことを指すのではなく心のありようを指します。歳を重ねただけでは老いません。理想と情熱を無くした時に人は老いるのです。
 皆様方も、理想と情熱を持ち、できることやりたいことをやり、地域の中でご活躍をいただきたいと思います。ひとりの人間として自分らしく、遣り甲斐生き甲斐を持って、いつまでもお元気でお過ごしくださることをお願い申し上げましてご挨拶とさせていただきます。

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