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2018/07/23

中室牧子さんの講演「教育に科学的根拠を」

先月聴いた慶応義塾大学総合政策学部准教授 中室牧子さんの「教育に科学的根拠を」と題した講演のレポートです。中室さんのご専門は教育経済学で、ベストセラーになった“「学力」の経済学”や“「原因と結果」の経済学”で有名です。とてもテンポの良いお話しでした。以下、自分なりに聞き取ったメモです。

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経済財政諮問会議は、首相が出席する重要な会議との位置づけ。発言者のほとんどが高齢の男性で、教育の話しになると、必ず自分たちの体験談になる。
また、教育に関しては、例外的な出来事ほど衆目を集める。例えば「3人の息子を東大に入れた」とか「低偏差値から慶応に入った」など。
個人の体験談は必ずしも全体を表さない。個人的な例や特殊な例をあげつらっても、教育の議論はできない。統計的、科学的根拠が必要になる。科学的根拠とは、個人の体験を大量に観察することによって得られる規則性だ。

経済学と医学のツールは同じ。医療経済学という分野もある。例えば、子どもにテレビは害か?健康診断の効果はあるか?これらのことを科学的に解明しようとしている。

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では、「勉強しなさい」「家事を手伝って」と口うるさく注意するのは効果的か?
どうすれば子どもの勉強時間が延びるのだろうか?
統計的な研究によれば、父の関わる時間は効果が大。性別の組み合わせもある。特に父が男の子の勉強を見るのが効果大。母が勉強しなさいと口で言う効果は小さくて、女の子の場合はかえってマイナス。口で言うのは最初にやりがちな行為だが、かえって逆効果との結果もある。

シカゴ大学のスティーブン・レビットの研究。学力テストで、採点済みのマークシートのパターンを調べたら、先生たちが特定の場所を書き換えたことが判明。これは、生徒の成績次第で先生の待遇が変わるインセンティブを与えた結果だった。大相撲の番付を巡る勝負の貸し借りも統計的に有意と出た。八百長が悪いと言うよりは、八百長をするようなインセンティブを与えるしくみが悪い。
どのようなインセンティブが人の行動をどのように変えるか、これを解き明かすのが経済学だ。

「双曲割引」という用語がある。人は将来の利益よりも、目の前の利益を求めたがる。双曲割引の性質を利用して、目の前のニンジンで子どもを今勉強するように仕向ける作戦。9億円の予算と、子ども3500人を使って、アメリカで実験をした。
テストで90点を取ったら(アウトプット)2000円もらえるグループと、本を1冊読んだら(インプット)200円もらえるグループ。果たして、インプットの方が効果があった。企業における実験では、アウトプットの方に効果があった。これは、どうすれば90点取れるかがわかっていない子どもたちには、何をすれば良いかのガイドが必要。メンターがいれば、アウトプットの方に効果があると解されている。

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ご褒美は「勉強をするのは楽しい」という気持ちを失わせてしまうのだろうか? 外的モチベーション(ご褒美)と内的モチベーション(楽しい)を比較する。
お金は良いご褒美か? 同じ外的モチベーションでも、小学生はトロフィーに反応し、中学生はお金に反応する傾向がある。
なぜスポーツジムは続かないか? しかし、一度始めるとインセンティブがなくなっても効果が持続。勉強も運動も習慣形成が大事。この場合、お金は呼び水だ。

「お金」は必ずしもインセンティブにはならない。モチベーション3.0という言葉がある。生存のためでもない、報酬のためでもない、人を動かす第3の「やる気」がある。ダニエル・ピンク(サイエンスライター)のTED Talkにキャンドルプロブレム(ロウを床にたらさないように壁につける問題)が出てくる。この問題には簡単な設問と難しい設問の2つのバージョンがあって、簡単な方は報酬の効果があったが、難しい方は報酬でかえって正解率が落ちた。

お金は単純作業のパフォーマンスを上げる(外的モチベーション)。しかし、考える力を必要とする作業では、お金はかえってパフォーマンスを下げる(内的モチベーション)。
単純なルールと明確な答えのあるとき、報酬は、視野を狭め、心を集中させる役割を担う。
創造的で概念的で答えのない問題に答えを出す能力では、仕事自体、勉強自体が楽しいと思えないと伸びない。
Mastery(成長)、Antonomy(自主性)、Purpose(目標)の3つが内的モチベーションを引き出す。夏休みの自由研究を業者に外注してはダメだ。

科学でわかっていることと、ビジネスや教育で行われていることの間にはミスマッチがある。だから、学校教育の場でもっと実験をすべき。そうすれば、莫大な時間とお金と心の痛みを節約できる。国全体にとって得られるものは大きい。
かつては、子ども手当やゆとり教育、これから英語やプログラミング学習。これらは、どんな効果があって、どんな効果がなかったか。科学的検証が必要だ。

報酬を必要とする仕事は21世紀に必要がなくなっていく。
5年後を考えて、今どこに投資すべきか? それは、教員の質と就学前教育ではないだろうか。
教育は、教育段階が低い方が収益率が高い。実は、最も収益率が高いのは、就学前から、小学校低学年にかけて。高学年で教育に手間をかけるのは効率が悪い。
シカゴ大学ヘックマン教授のペリー幼稚園プログラムでは、3~4歳児に2年間、約2.5時間の読み書きや歌などの授業を週に5日間続けた。生活習慣の指導や躾などもしっかり。幼稚園の先生は全員修士以上の専門家。子ども6人に先生1人が担当。週に1度90分ほどの家庭訪問も行った。

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手法として、ランダム化比較試験(RCT)を用いて、ランダムに抽出した対象群を異なる条件下において経過を観察する。医学の臨床でも同じだ。
日本では実験をほとんどしないが、世界では教育の分野で実験が主流。政治的流行に振り回されやすい政策を科学的根拠に基づくものにすることが必要だ。

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生涯を通じた受益と負担の世代間格差は大きい。平成17年度の政府報告によれば、子ども世代は生まれながらに1人あたり669万円の借金を抱えている一方、65歳以上の世代では4875万円の受益超になっている。年齢別年間一人あたりの政府支出では、90歳以上で年間400万円以上(うち医療費は約100万円)に対して、18歳未満では150万円程度、22歳から60歳までは年間50万円程度になっている。
日本の教育支出をOECD諸国並にするには、7兆円が必要。これは消費税3%分に相当。だからこそ効果的な教育が必要だ。

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ペリー幼稚園プログラムでは、就学前教育の効果として、6歳時のIQが高い、19歳時の高校卒業率が高い、27歳時の持ち家率が高い、40歳時の所得が高い、27歳時の生活保護自給率が低い、40歳時の逮捕率が低いなどの効果が見られた。4歳時の100円の投資に対して、56歳時点で6千~3万円のリターンがあった。これは社会に還元される。
しかし、8歳でIQへの効果は消えた。これは脳科学の知見とも整合する。一方で、非認知能力(生きる力)は上がる。非認知能力とは、自己認識、意欲、忍耐力、自制心、社会的適正、創造性などを言う。
自制心ややり抜く力は可鍛性がある。幼少期の方が獲得しやすい。

自制心をマシュマロテストで測る。15分間目の前のマシュマロを食べずに我慢。200人のうち1/3が我慢した。我慢できた子どもは、その後、成績が良くて収入が高いという結果が出ている。。

やり抜く力=GRITが注目されている。躾を受けた人は収入が高い。
同じ大学の合格者の中で、大検合格者と高校卒業者を比較して、その後の追跡調査で大検合格者の非認知能力は低いことがわかっている。これは、高校で誰かに教えられた効果と考えられる。

嘘をつかないなど、非認知能力を鍛える幼稚園の卒園者のその後の学力、偏差値は高い。
日本は初中等教育にお金をかけているが、就学前教育にお金をかけていない。エビデンスなき教育政策の弊害は大きい。

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