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2021/07/10

予備校講師 林修さんの講演(再掲)

以前、投稿した林修さんの講演のレポートです。なかなか面白いお話しでした。7年前の講演です。

 

 モチベーションの話しをしたい。
僕は人から松岡修三のように熱い男に見られがちだが、本当はcoolというよりcoldを通り越してchilledと言った方がよいくらい冷めた人間だ。1989年に東京大学法学部を卒業して長銀に入って5カ月でやめた。それで23年前に予備校の講師になって、現在49歳。去年おかしなことが起きた。2月くらいから急に引っ張りだこで忙しくなった。
 1989年当時はバブルで東京の街全体が浮かれていた。日経平均は当時3万円を超え10万円も夢ではないように言われていた。だが、いろいろな経済指標を見ても説明がつかない。そもそも、資本主義経済は、小さな循環を繰り返しながら右肩上がりで成長をし続けるなんてウソ臭い。それで1ヶ月で辞表を出して5カ月でやめた。当時は長銀がつぶれるときは日本がつぶれるときだとか言っていたが、1998年に長銀は破綻した。当時は起業ブームもあった。長銀をやめて投資顧問会社などを作ってバクチみたいなことをやっていたが、幸か不幸かどれも上手くいかなかった。就職のときには公務員も考えた。大蔵省や警察庁を受験しようとしたときには、ライバルたちを見てとてもこいつらには勝てないと思って途中で帰った。自分は不利な戦いを避けてきたのだと思う。
 挫折して予備校で教えていた時のモチベーションは借金だった。2000万円ほどの借金を返すのに一生懸命だったのでどんな教科も引き受けた。背中に火の玉を背負うと強い。ただし自分も黒焦げになる危険がある。借金は有力なモチベーションだが、ハイリスク・ハイリターンなので注意が必要だ。
 さて、「仕事観」を聞かれても答えられない人が多い。
僕は仕事が楽しいと思ったことはない。やりたい仕事をして成功できればとてもラッキーだ。楽しかろうが楽しくなかろうが、プロなんだから仕事は100点満点が当たり前。やることをやって人からお金をもらって評価されればよい。たから、努力するのは当たり前だ。予備校講師をやって生徒たちから理解不足の質問が出るのは恥だと思っている。この冷徹なプロ意識が「熱い男」と誤解されている。
 仕事観が崩れている原因として、プロ意識の外部化があると思う。タクシーとカーナビ、店員と計算能力、電話番号の記憶とケータイの関係のように、いろんな能力を自分たちから放り出してしまっている。
 受験生たちを見ていると、男性の軟弱化が起きていると感じる。まず体格ががっちりしていない。これは子どものころから車に乗り慣れたりして、運動の外部化が起こっているからだ。それから食べない。また、言われないとやらない。
 勉強の基本は、自分なりの方法論を確立することだ。僕は勉強するとき、教科書にマーカーを引かないし、緑のペンと赤い下敷きも使わないし、ゴロ合わせで覚えるのも大嫌いだ。教科書に書いてあるのは人の言葉だ。だから、自分の論理で文をまとめ直すことが大事だ。年号だって、歴史上の事件の意味を読み解いていけば自分なりの歴史の構造を構築することができる。
 できる生徒を見ていると、それぞれの勉強法を必ず持っている。その少し下位の生徒は、音読して暗記しろと言えば素直にやるが、自分の勉強法を編み出すことはない。デカルトが方法論に着目したように、そもそも、疑うことが学問の原点になる。批判的受容が必要になる。
 人間は日常生活の中で毎日問題を解いている。自分で解く方法を持ち合わせていない人は、自分で解く方法を開発しなくてはならない。僕は予備校講師として、昔はわかりやすい授業を心がけていたが、今では、やり方は教えないけど自分が生徒に圧倒的にできるところを見せ付けて「ああなりたい」と思わせるようにしている。
 有線管理と無線管理という言葉がある。有線管理というのは一人一人との人間関係を作って空間全体を管理するやり方で、比較的少人数の小さい教室での授業には向いている。一方、生のコミュニケーションがとれない衛星通信授業などマスプロ教育で通用するには、無線管理が必要になる。これはカントの言う「知・情・意」が必要になる。僕は冷めた人間なので「情」は不得意だが、「知」と「意」で空間をコントロールしている。要は「意志力」だと思うが、これは時としてファシズムの温床になる。小泉さんは「郵政」「原発」など単純なフレーズで大衆の心をつかむのが上手い。
 「19年間会社に勤めて、今後悔している12のこと」というブログを紹介したい。後悔していることの中に「目標がなかったこと」「ロールモデルがいなかったこと」が挙げられている。意志とは目標に向かってがんばることだ。よく意志が弱いというが、実は目標がないのだと思う。ローウェルは「失敗ではなく、低い目標を持つことが罪なのだ。」と言っている。エマーソンは「不満は自恃の欠乏であり、意志の衰弱である。」と言っている。「優秀な人は不満を言わない」というのが僕の格言だ。
 馴れ合いの仲間とつるんでダラダラやるのが一番よくないと思う。いつもの店で、いつもの仲間と、いつもの仮定法過去完了の話しをするのは時間の無駄でしかない。これがプロの意識をそいでいく。
 大切なのは一人力。ケータイなどで居心地のいい仲間とつるんでいるより、嫌な人といる方がパワーが出る。嫌いだからこそ遠慮のない指摘ができるから、チーム力が上がる。自分は友達がほとんどいないし、必要だとも思わない。小学校で講演をした時に「小学校時代の友達は全く価値がないと思う。「みんなで仲良くしよう」はやめた方がよい。」と言ったことがある。
 自分は一人で本を山ほど読んだ。本を読んでものを考えた。現代文で、現代の最先端の思想家の考えを知ることができる。それらを読み解くと、見て、考えて、行動することが活動の基本だ。考えるということは「相同」「対比」「因果関係」の3要素から成り立っている。(そして5W1Hを使う。)思考を伝えるときには「例示」と「比喩」が必要になる。
 自分にとって本当の友人と言えるのは一人だけだ。彼が父親の経営する会社に入って働き始めたとき、ある部長が「一年間は父親の不満を言うな。しかしメモしておけ。」とアドバイスをくれたそうだ。一年たってメモを見たら、「7割はオヤジが正しかった」そうだ。人間にとって最大の敵は時間だ。時間に対抗する唯一の手段は記録だ。記録は個人でやるものだ。記録して過去の自分と向き合える。
 「居心地の良さに浸からない」「人とつながるツールに溺れない」「既成のイベントに乗っからない」ことが大切だ。成人式は実に後ろ向きな時間だ。なぜ、国や自治体がやる必要があるのかわからない。僕は、式や年中行事が嫌いだ。最近、大学の合格発表や入学式に家族が来るようになった。親がちょっかいを出し過ぎる。下宿選びも本人がだまされたり失敗したりすればよい。まずは自分でやらせることが必要だ。特に男の子は外に出さなきゃダメ。必ず母親が甘やかす。
行政と個人の関係もそうだ。国が自治体を補助する。市町村が個人の面倒を見る。そんなことだから自分で何もできなくなってしまう。
 僕は結婚指輪を持っていない。予算がないので嫁のだけ買った。プレゼントするのに「誕生日だから」「クリスマスだから」というのは他者依存だ。大体シーズン中はモノがあふれていて良い物が見つけにくいのに。
 それよりも、つるんだり何かに依存したりするのではなくて、自分たちのためにこれをやろうという時間にした方が良いと思う。幸い、今はネットを使って志のあるパートナーを募って前向きなチームを作ることもできるようになった。
 僕が自由業だからこんなことが言えるんだと、皆さんはお思いかもしれないが、ローマ法王に能登の神子原という限界集落でできた米を贈って、その集落を蘇らせた高野誠鮮という人を知っているだろうか。この人は石川県羽咋市の公務員だ。公務員だってやろうと思えばできる。彼は「人の役に立つのが役人」と言っている。僻地ではケータイの通じないところに人なんて来るかとボヤキがちだが、人が直に通じ合うには最高の場所とポジティブに捉えることもできる。環境がよくないからできることもある。ヨコの関係しか知らない最近の若い人たちが、「タテの関係もいいな」と思うこともある。

  

勉強とは、自分なりの学習の方法論を身に着けることです。仕事は、好きでも嫌いでも選んだからには、プロとして完璧な仕上がりを目指すべし。仕事の仕方は人それぞれだし、誰も教えてくれません。個人で勉強して、考えて、解決の方法を編み出すのが仕事です。ただし、手本となるような憧れの人を持つことはできます。
後半は、偏った個人的な価値観と前置きしつつ、自身の人間関係や時間の過ごし方についてのお話でした。ものの考え方として共感するところがたくさんありました。
自分の場合は、古い友人はたくさんいるし、彼らと時間を過ごすのは嫌いではありません。

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