新種の桜「はるか」植樹式、婦人会連絡協議会総会など
午前は、八重桜「はるか」の植樹式典がありました。
まず、勤労福祉会館で福島県南相馬市で東日本大震災の被災者として語り部活動を行っている安部(あんべ)あきこさんのお話しを聴きました。
安部さんは、地震で自宅は無事だったものの福島第一原発事故のために会津若松市や福島市で避難所生活を送ったそうです。以前から地方の昔話の語り部をやっていた関係で、「つたえなきゃなんない」と震災の語り部を始めたのだそうです。講話では、プロジェクターに紙芝居を映して、畑に菜の花を植えて放射能除染をする活動の紹介などがありました。
そのあと、於大のみちの門前広場に会場を移して、さくらプロジェクト「新種の桜『はるか』の植樹式」を行いました。東日本大震災復興のシンボルとして福島で育てられた新種の八重桜「はるか」を日本各地に植えるプロジェクトでNTTファイナンス㈱と桜プロジェクト㈱が主催する活動です。東浦町観光協会の副会長さんが、たまたま日経新聞の記事でこのプロジェクトを知ってコンタクトをとったご縁で桜の植樹が実現しました。
新種の桜「はるか」は“思川”と“手弱女”の交配種と推定され、福島・東北を応援するシンボルとして、“はるかかなたの未来に広がって欲しい”という想いを込めて、2013年にNHK大河ドラマ「八重の桜」で主役を演じた綾瀬はるかさんが命名したのだそうです。
植樹式では、NTTファイナンスの伊藤社長から記念プレートを手渡しいただき、報道陣に囲まれるなかで小学生が若い苗木にスコップで土をかぶせました。
八重桜の並木が続く於大のみちは、平成初期にふるさと創生事業の一環で明徳寺川沿いに整備されました。それから30年以上が経ち、大きく枝を伸ばして手鞠のような花をいっぱい咲かせる木もあれば、一方で弱った木も目立ってきています。手入れの重要性が高まっている矢先に、門前広場と再会広場に新種の八重桜が新たな魅力として加わることは本当に嬉しいことです。
門前広場や再会広場など、於大のみちの謂れや楽しみ方については広報ひがしうら3月号に載っています。
門前広場から、明徳寺川の少し上流にある自然環境学習の森では、先月から準備していた刈取った草の野焼きが行われました。植樹を終えて見に行ったときには、すでにこんがりと焼き上がっていました。
午後から、婦人会連絡協議会の総会が行われました。緒川、生路、藤江のハートリングなど、地区によって婦人会活動が存続するところはありますが、今年度の総会で全町の連絡協議会の活動は最後となります。
婦人会に限らず子供会やPTAでも、会員が減ったり、存続が困難になったりしていることが、全国で問題になっています。そもそも活動の意義が時代と共に変わってきていること、人材発掘や運営の自由度の問題、大人の多忙化や子育て観の変化など、多くの要因が絡んでいると思います。
役員さん全員と言っても数人です。せっかくの機会なので私も教育長も加わってざっくばらんに言いたい放題の座談会をしたら、予定の1時間を大きく超えて2時間ほどの熱い会話となりました。女性や子育てに関わる組織のあり方の話題だけでなく、みどり浜緑地の夜間照明や帯状疱疹ワクチン補助、災害時のペット同行避難など、日常生活で気になる話題なども飛び出してきました。世代による価値観や考え方の違いにも触れることができてとても貴重な時間となりました。
勤労福祉会館では、午前、午後の一日をかけて、「共に学ぶ多文化共生講座」が開催されていました。今日はシリーズの初日で、愛知淑徳大学助教の鈴木崇夫さんが、アイスブレイクとして、言葉無しのコミュニケーションのロールプレーイングのあとで解説をしているところでした。鈴木先生は日本語教育が専門で、東浦町の多文化共生講座の当初からお世話になっています。
文化センターでは、今日・明日と書道展が行われています。新春文化展に出展した私の作品もあります。
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