さて、どちらかなあ。
6月8日(土)、9日(日)に開催予定の中央文化展に出展する書道作品を先生の指導を受けつつ書きました。
今回書いたのは「俯瞰」です。俯瞰とは高いところから見下ろし眺めること。転じて、広い視野で物事を見渡し考えることです。深い意図はありません、ただ、物事を広い視野で客観視できると良いなあと思いつつ書いてみました。
年に数回ですが、心を落ち着かせて習字に集中するととても気分がスッキリします。
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6月8日(土)、9日(日)に開催予定の中央文化展に出展する書道作品を先生の指導を受けつつ書きました。
今回書いたのは「俯瞰」です。俯瞰とは高いところから見下ろし眺めること。転じて、広い視野で物事を見渡し考えることです。深い意図はありません、ただ、物事を広い視野で客観視できると良いなあと思いつつ書いてみました。
年に数回ですが、心を落ち着かせて習字に集中するととても気分がスッキリします。
<通りすがりに立ち寄った草津ならではの施設>
四万温泉に行く途中、草津温泉、西ノ河原の大露天風呂に入ってきた。
草津から長野原へは通常、草津道路を下るのだが、西ノ河原や湯畑から流れ出る湯川沿いに下りてみたら、今まで気づかなかった施設に偶然立ち寄ることができた。
大滝乃湯のすぐ下流には、国土交通省の草津中和工場がある。ここでは強酸性の湯川の水に石灰ミルクを加えてpH値を上げる処理をしている。
このまま酸性水が流れ下って、下流の橋やダムなどのコンクリート構造物や農業用水に悪影響を及ぼすのを防ぐためだそうだ。類似の施設は秋田県の玉川温泉にもある。
川を流れた温泉水と石灰の中和生成物は下流にある品木ダムに溜められて、定期的にダムを浚渫しているのだそうだ。温泉成分を含む品木ダムの湖面は黄緑色を呈している。
草津の市街地のはずれ、品木ダムの手前には、ハンセン病療養所として昭和7年に開設された国立療養所栗生楽泉園がある。入口近くに「重監房資料館」と書かれた看板があったので行ってみた。重監房とは、強制に従わない患者の懲罰に使われた人権を無視した施設だ。暖房もない山の中に造られた粗末な独房に、昭和13年から昭和22年の間に93名のハンセン病患者が収監され、そのうち23名が亡くなったと言われている。さぞや無念。全くの不条理を感じる。
<四万温泉は草津の仕上げ湯>
pH2の草津温泉は殺菌力が強く、古来から皮膚病に効くと言われてきた。それだけに肌のダメージを和らげるために、草津湯治のあとには仕上げ湯(治し湯)と呼ばれる温泉地に立ち寄るのがセットになっていた。その代表格が四万温泉、沢渡温泉、川原湯温泉。ひなびた沢渡温泉の共同浴場にも行ってきた。
入口がモダンな沢渡温泉の共同浴場は、温泉街のジェットコースターのような急坂の途中にある。ほんのり硫黄の香りがする柔らかい湯だ。独り占めすると心地よいサイズの石張りの湯船が二つあって、掛け流しの湯が湯ノ花と一緒に底から抜けていくように造られている。
旧川原湯温泉は、建設の是非を巡って大きく揺れた八ッ場ダムが2020年に完成したためダム湖に沈んでしまった。草津温泉からの支流が流れ込むダム湖は青緑色の水を湛えている。
八ッ場ダムは利根川の支流の吾妻川に建設された堤高116m、堤頂長290.8mの重力式ダム。有効貯水量は9,000万㎥。目的は洪水調節、流況改善、新規都市用水供給、発電。ダム天端中央部にはエレベーターがあってダムの直下まで降りることができる。この日は利水放流用のジェットフローゲートから放流中だった。
こちらは、近くにある不動の滝。全体は三段の滝になっていて、見えているのは最下段。タムで本来の滝壺が水没、滝がダム湖に直接落ちるようになった。
<温泉と一口に言っても泉質はいろいろ>
さて、帰り道は温泉三昧。
草津は行きに入ったのでパス。かわりに万座温泉に寄って硫黄濃度日本一といわれる乳白色の温泉に浸かって、次に、渋峠を越えてすぐのところにある長野県の熊の湯温泉の珍しい翡翠色の湯に入った。
志賀高原を降りたら車の中が硫黄臭くて、かつとても眠くなってきたので、長野インター近くの加賀井温泉に立ち寄った。
ここは昔は旅館だったが今は日帰り入浴のみの温泉。炭酸ガス濃度日本一と言われるサイダーのようなぬるめの湯だ。第一鉄イオン(Fe2+)が含まれていて湧きたての内湯は透明(淡緑)なのだが、そのあと空気に触れて酸化された露天風呂は第二鉄(Fe3+)の赤茶色ドブドブの湯になる。もういちど内湯に入り直すと気持ちよい。
硫黄のニオイもちょっと弱まり?眠気も覚めて家路についた。
GW直後の空いていそうなところを狙って、以前から行ってみたかった群馬県の四万温泉に行ってきた。名前の由来は「四万の病を癒す霊泉」から来ているらしい。
温泉街のいちばん奥に、室町時代の開業と言われる”たむら”と元禄年間の開業と言われる”積善館”が立地している。
積善館の本館の帳場のある1階と2階は、開業当時の建築と言われ、湯宿建築としては日本最古のものらしい。本館の3階部分は明治時代に増築された。
本館手前の川沿いの建物は1階が鉄筋コンクリート造、2階と3階が木造の昭和5年築。1階の大正ロマン風の大浴場は今でも立派に使われている。5つ配置された石張りの湯船の底から温泉が湧き上がっていて、マイ湯船気分で浸っていると実に気持ちが良い。小窓のある蒸し風呂も当時から設えられている。川に面したアーチ型の窓から明るい光が入ってきてすばらしい。
これらの建物は「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルとなったと云われていて、夜は橋のたもとで写真を撮る観光客が絶えない。宿泊客は玄関から堂々と出て写真を撮れるのでちょっと優越感あり。
積善館は老舗旅館だが、本館は一人でも湯治客として泊まることができてとてもお値打ち。
布団の上げ下ろしはセルフ、食堂で弁当風の夕食が出る以外は居心地の良い旅館と変わらない。食事は少しずつ品数も多くて凝っていたし、とにかくご飯と味噌汁が美味しくて何度もおかわりをしてしまった。食事は見た目の豪華さにあらず、やはりご飯と御味御汁が基本とつくづく思う。
さあ、ことしもメンマづくりの季節がやってきました。
竹林に行って、2~4mくらいに成長した筍の穂先(揺らして折れるくらいのところ)を採ってきて、皮を剥いて節の近くの硬い部分を除きます。輪切りになった筍を短冊状に切って、鍋いっぱいの水と米糠を少々入れて1時間ほど茹でます。
冷めたらザルに上げた茹でタケノコ(水洗いは不要)にそれぞれの量の食塩を加え、ジップロックの中でもんでから空気を抜いて、様子を見ながら1週間から1ヶ月くらい漬け込むことにします。
昨年までは、発酵が進まず「孟宗竹の塩漬け」か、腐ってしまうかのいずれかだったので、その中間の程良い塩分濃度を探りたいと思います。
こんなに生長した筍でも、先端部分は柔らかい筍として、そのまま十分美味しくいただけます。メンマにはしません。
あちこちで草木がにわかに茂ってきて、そろそろ豆搗川沿いの桜並木にも草刈りの時期が到来。
土手の草刈りは人力でやるしかありませんが、遊歩道ならトラクターで一気にできます。ということで、5月4日に、A区間とB区間、ついでにC区間の遊歩道部分の草刈りをしました。
3月末に地域の有志がごみ拾いをしてくれたのですごく助かりました。瓶や缶、布やビニールやロープが落ちているとトラクターのローターに絡まってとても危ないし手間が掛かります。
下は、B区間(左)とA区間(右)の草刈り前の写真です。
下は、B区間(左)、A区間(右)、B区間県道への登り口(下)の草刈り後の写真です。
そろそろ、土手の部分の草刈りをせねばなりませんね。
1週間後の5月12日(日)に、刈払機を使って斜面部分の草刈りをしました。
ぼちぼち葛の蔓が桜の木に巻き付き始めています。草がまだ柔らかいので、割と作業がはかどりました。朝2時間半ほど掛けて、B区間の西側1/3弱の斜面の草を刈ることができました。一緒に草を刈ってくれる方がいるので助かります。
さあ、これから暑くなってきて、雑草との戦い本番です。
きょうはここまで。これから先が大変です。
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