全国屈指の繊維産地として栄えた東浦に残る”明るい廃墟”大生紡績工場群見学会ツアー
9月20日(日)に大ナゴヤツアーズによる生紡績見学会が開催されます。現在、参加者を募集中です。当日は私と妻が工場内をご案内します。
→ https://dai-nagoyatours.jp/article/43588.html
大ナゴヤツアーズは、名古屋のまちを中心とした東海エリアのまちの魅力を「体験」「学び」「見学」「まち歩き」などを通して楽しめる体験プログラムツアーです。
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9月20日(日)に大ナゴヤツアーズによる生紡績見学会が開催されます。現在、参加者を募集中です。当日は私と妻が工場内をご案内します。
→ https://dai-nagoyatours.jp/article/43588.html
大ナゴヤツアーズは、名古屋のまちを中心とした東海エリアのまちの魅力を「体験」「学び」「見学」「まち歩き」などを通して楽しめる体験プログラムツアーです。
近所の踏切の傍らに地蔵尊の祠があって、(地蔵盆というべきか)毎年この時期にちょっとしたお祭りがある。祭りといっても地域住民が寄付をもっていってかわりにお菓子をもらってくる程度だが。
なのできょうは朝から地域の人が順番に番をして、夕方に僧侶が経を唱えることになっている。
どこにでもありそうな当たり前に続いてきた習慣。これが昔から繰り返されてきたのだが、ほとんどの人はこの祠の由来を知らない。講の規約も正確な名簿もないので金融機関に預けたお金を引き出すのも困難になってきた。比較的新しく引っ越してきた家庭にも所以がよくわからないまま当番が回ってくる。
そろそろ、お仕舞にしてはどうかとの意見もある一方で、長く続いてきた伝統なのでできる限り存続したいとの意見もあるようだ。
秋になったら、地域の人たちに呼び掛けて話し合いをしようということになった。
7月に家族で大分の温泉地へ。
行き帰りの途中、日田市豆田町の重要伝統的建造物群保存地区、玖珠町の旧豊後森機関庫、諫山創の故郷日田市大山町にある進撃の巨人 in HITA ミュージアムなどに寄りました。
近くに金鉱のあった日田は江戸時代初期に天領となり陣屋が置かれました。日田は交通の要所でもあり九州の幕府直轄地支配の拠点として発展、現在も商家の家並みが残っています。この日は祇園祭で、山鉾が曳き廻されていました。
先ほどのとは別の山鉾です。
くじゅう連山の麓には、冷たい炭酸水の湧き水が出るところが何ヶ所かあります。
炭酸水としてそのまま飲むことが出来ます。
奇岩がいっぱい。群馬県の妙義山を歩いてきました。
この山は標高1100m程度と高くはありませんが、稜線近くは切り立った絶壁が続いていて危険なので、歩いたのは石門巡りルート。いくつもの不思議な岩のアーチをくぐるコースです。それでも鎖場や岩の上を歩くところがあってちょっと怖いです。
妙義山まで来たので、富岡の旧製糸場を見学してきました。
市街地の一角、鏑川の段丘崖の上に立地しています。製糸場の門前近くは古い歓楽街になっています。
明治5年に開業した官営製糸工場で、のちに三井、原、片倉などの変遷を経た後、1987年に操業停止、2005年に富岡市に譲渡されました。この間の片倉工業による「売らない、貸さない、壊さない」維持管理の取り組みが今になって評価されています。
旧富岡製糸場は2005年に国の史跡に指定され、2014年に世界遺産に登録、東置繭所、西置繭所、繰糸所の3棟が国宝に指定されています。製糸工程だけでなく、ボイラーや変電室、独身寮や社宅、御雇外国人のための居宅など、歴史的な構築物が一揃えで保存されているのが特徴です。現地では、修復、公開への作業が今でも続けられています。
毎年恒例、生路小学校のタケノコ掘り。いつものPTAの皆さんとボランティアメンバーで無事終了。今年は筍が豊作、親子で300人近くの参加がありましたが、みんなたっぷり採れたようです。
午後から、半田運河エリアに建つ国指定重要文化財小栗家住宅へ。小栗家は、江戸時代に始まり、”萬三商店“として初期は主に酒づくりを、明治期以降は肥料商と海運で発展を遂げ、その後は味噌 ・ 醤油の醸造を手掛けていたそうです。邸内ではちょうどこの時期、樹齢160年のモッコウバラが咲きます。
恥ずかしながら私は何の嗜みもありませんが、招僊亭の名を持つ明治3年築の邸宅で開かれた茶会に参加させていただきました。客の書いた色紙が酒井抱一の掛軸に映し出される趣向はおもしろかったです。一服の非日常体験でした。
今年度も東浦町景観コンテストに応募。今回わたしが応募したのは①~③の3つです。
みなさん先入観があるのか?以前から応募作品のモチーフが於大公園や於大のみちに偏りがちと感じていました。
でも、はたしてそれだけなのか。公園など、意図を持って人工的につくられたものは写真写りは良いかもしれないけれど、そればかりがその土地固有の景観とは言いきれないし、さらに風土となるにはかなりの時間を要します。
そう考えて、自分としては、新たな視点・発見、つくり育てる景観、人と共にある景観にトライしてみたつもりです。
① 役場方面から見た御嶽と緒川城
②(石浜工業団地前)豆搗川沿いの桜並木
③ 東浦駅前の広場にて
結局、応募した中で、①が受賞作品に選ばれました。
秋から春先にかけて晴れた日には御嶽がクッキリと見えます。その見え方が古来からの酒造りのタイミングにも関わっていると、表彰式の講評の中にもありました。

これはもともとあった景観ではありません。
県企業庁が石浜工業団地を造成するにあたって、
豆搗川の河道を移し遊歩道と桜並木を整備しました。
しかし、その後の管理がなされずに葛に埋もれていたところを、
雑草、雑木を取り除いて桜並木を再生したものです。

駅前の広場を利用してにぎわいづくりイベントを開催。
1日目はゆうゆうクラブの合唱団によるオープニング、
2日目はチンドン屋さんも登場、夜は呑み処に。
旅に出ました。秋田県に向かいます。
スタートは名古屋駅のホームから。さあ、朝きし食って旅に出よう!
横手に行くには盛岡から秋田新幹線で大曲経由で行くのが早いのですが、こまちが満席だったし、若干遠回りなので、北上から北上線で横手に向かうことにしました。
豪雪地帯を走る奥羽山脈越えのローカル線なのでちゃんと動いているか気になりましたが、定刻通りの旅でした。
二両編成ワンマンのディーゼル車両で、無人駅では一番前のドアの開扉ボタンを押さないと降りられないので要注意。この週末は横手の雪まつりや湯沢の犬っこまつりがあるためか列車は満席、大きなバッグを持った外国人もちらほら。
北上線は今年、開通100周年を迎えるのだそうです。
重厚な佇まいに、門から入るのを一瞬躊躇しそうな立派な造り。秋田県大仙市にある強首温泉樅峰苑。敷地の裏手には雄物川が滔々と流れています。
ここは、江戸時代から代々肝煎(庄屋)を務める地元の名家。近代になって、村長や県会議員や国会議員も輩出しています。その小山田家が大正時代に贅を尽くして建てた邸宅。昭和39年に近くで温泉が出たのをきっかけに旅館を始めたのだそうです。
玄関脇の廊下には長さ16mの継ぎ目なしの杉材が惜しみなく使われています。大正ロマンを感じる階段を上がったところの2階廊下の床板の幅が半端ではありません。広間の真ん中の柱には仕掛けがあって、鴨居を引き上げて柱を抜くと四間続きの大広間になるのだそうです。
温泉は、鉄分と塩分が入った濃い目のお湯です。内湯の他に、最近の嗜好に合わせて庭先に露天風呂をしつらえてあります。庭の木立の中にある樹齢400年近いと言われる樅の巨木を見上げてゆっくり雪見風呂です。
料理は地元の食材がふんだんに出てきます。いぶりがっこやトンブリはもちろん、近くで採れた川蟹のミソやツミレ、など秋田ならではの食べ物と地酒がおいしいです。
これで秘湯を守る会のスタンプが9個になりました。10個集めるとどれか1泊ご招待になります。
奥羽本線の峰吉川駅、無人駅なのですが、大仙市が受託する簡易委託駅なので、待合室にはストーブが焚かれていて、地元のおじさんが切符を売ってくれます。
ホームに立っていると、こまちが通過していきます。線路が2線あるので上下線かと思ったら、手前が在来線の線路で狭軌。奥は新幹線の線路で標準軌。この区間は、新幹線と在来線、二つの単線が並走しています。
ここから東、大曲駅までは標準軌の複線、うち1線はレールが3本で新幹線と在来線の併用になっているようです。
奥羽本線を大曲から横手に向かう途中、「後三年」という駅があります。
後三年?前九年?なにか歴史で聞いたような・・・。
そう、この駅名は、「後三年の役」に因んで大正10年の開業時に付けられたのだそうです。
後三年の役とは、平安時代の末期(1083~1087年)に、陸奥の国司だった源(八幡太郎)義家が、奥羽を支配する豪族清原氏の内紛に介入し、藤原経清の血を受け継いだ清原清衡を味方に付けて、清原氏を滅ぼした戦い。
このころ朝廷の国司による地方の支配が機能しなくなりつつあり、時代が律令制から封建制へ、摂関政治から院政、そして武家社会へと移っていく転換期にありました。
この戦いに勝利した清原清衡は、やがて平泉に移り奥州藤原氏となります。そしてこの戦いの恩賞をめぐって、源義家が東国の武士たちの信頼を得て、源氏が武家の棟梁となっていくきっかけとなりました。その戦いがこの近くで繰り広げられました。
どこかで聞いた「後三年の役」でしたが、たまたま駅を通りかかったおかげで歴史に触れることとなりました。鉄道旅にはこういう楽しみもあるのですね。
奥羽本線の十文字駅からバスorタクシーで10分ほどのところに横手市増田町(旧平鹿郡増田町)があります。
ここは今の岩手県や宮城県に通じる街道が交わる場所で、江戸時代から明治・大正期にかけて物資の集散地として繁栄しました。今でも街道沿いに古い商家の建物が残っていて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
特徴的なのは、「内蔵」といって背の高い建屋の中に豪華な蔵が収まっていること。この蔵は単に倉庫としてだけでなく、家族が暮らしたり晴れの行事を行う場だったりしました。中に酒造所のタンクが並ぶ内蔵もあります。通常、内蔵は商家の奥手にありますが、店の前面が2階建ての蔵で玄関を入ると蔵の中という所もあります。
積雪期の採光確保のためか二階分吹き抜けの建屋になっていて、その中に現在の生活空間として台所や居間をしつらえている所も多いです。
現存している町並みと豪壮な建物群は見応え十分でした。
ここに来るまで知りませんでしたが、「十文字ラーメン」というのがあるそうです。
十文字駅近くの元祖十文字中華そば店に行ってみました。店の外には大阪や三重のナンバーの車が止まっていて順番待ちの列ができています。ならぶのは嫌いですが、ここまで歩いてきてしまったし、電車が来るまで時間があるし、食券を買って順番を待ちました。
さっぱりした淡い色の醤油味に細めの縮れ麺。食べ終わってもスープは澄んでいます。
横手のかまくら初体験。かまくらを作ってみたい。中に入ってみたい。子どものころ憧れませんでしたか?
かまくらの中では、子どもたちが焼いた餅や甘酒を振る舞ってくれます。
かまくらの歴史については→ https://www.city.yokote.lg.jp/kanko/1004035/1004590.html#
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