茅野出身の建築史家・建築家、藤森照信さんの作品を見学しながら、藤森さんが生まれ育った界隈を歩くツアーに参加しました。
諏訪大社上社前宮に集合して街歩きスタート。中山道よりも古い鎌倉道に沿って前宮の裏手の斜面を歩きます。鎌倉時代は、今の茅野と諏訪の市街地のあるところは湖で、前宮は湖岸にあったのだそうです。
前宮と本宮の間の緩やかな傾斜地に藤森作品群があります。ここにあるのは、世界で最も危険な茶室と言われる「高過庵」「空飛ぶ泥船」「低過庵」の3つ。作品は藤森さんの所有地にあって自由に近づくことができますが、作品の中に入るには予約が必要です。
最初に目に飛び込んできた「空飛ぶ泥船」は地上3.5mに吊り下げられたフグのような形をした茶室。はしごを掛けて中に入ります。内部は木製の船底の骨格に下半分は金網をかぶせてモルタルで固めてあります。上半分は船底骨格に銅板葺の屋根、市民参加のワークショップで造ったものをここに移設したのだそうです。奥に囲炉裏、真ん中には木のテーブルがあって、7人くらいで座りました。揺れないことはありませんが、意外と安定しています。
「高過庵」は、「TIME」誌で「世界でもっとも危険な建物トップ10」に選ばれています。藤森さん本人が山で選んだ栗の木を基礎にして、樹上6mにゲゲゲの鬼太郎の家のような茶室を造ってしまいました。こちらもはしごを掛けて躙り口から入ってみると、中は意外と広くて大人が大の字で横になることができます。当然眺めは良くて、大きな窓からは八ヶ岳を望めます。
高過庵の足下にある銅板葺の半地下の古民家のようなものが「低過庵」です。屋根の一部がハッチのように開いて中に降りていくと躙り口があります。茶室の中は真っ暗、躙り口を閉めると茶室の天辺の光採りから僅かな光が入って来るのがわかります。
少し慣れたころに今度は大屋根をスライドさせると、茶室の頭上に空が広がります。この仕掛にはビックリ。青空の下で一服の茶をいただきました。
この3つの茶室はすべて狭い入口(躙り口)は備えていますが、茶室の形式と大きく異なるのは、畳がないこと、床の間がないこと、そして、大きな開口部があることです。従前の様式に囚われない、遊び心にあふれた大人の秘密基地がここにあります。
すぐ近くには、代々諏訪大社上社の神長官を務めてきた守矢家の屋敷と、古来からの貴重な文書を保管する史料館「神長官守矢史料館」があります。この資料館は藤森さんが40代半ばで最初に手掛けた建築作品です。
このあと、2021年の東京オリンピック記念イベント「パビリオン・トウキョウ2021」で造られた「五庵」を移築したもの、同じく、藤森作品の「高部公民館」の外観を見て、見学ツアーを終えました。
いずれもプラスチックなど人工素材をできるだけ使わず、手間暇掛けて木や土の風合いを生かす作風でした。皆さんご存じの「ラ コリーナ近江八幡」「多治見モザイクタイルミュージアム」も藤森照信さんのデザインです。
同じ信州の渋い温泉でも、こちらは茅野から蓼科・八ヶ岳山麓の一本道を行き止まりになるまで上っていった所にある渋御殿湯。八ヶ岳の登山口にもなっている標高1880mの素朴な一軒宿ですが、温泉がすばらしいのです。
源泉の一つは8世紀の開湯、武田信玄の隠し湯だったとも伝えられる御殿湯、27℃、pH2.7の酸性硫黄泉です。夏向きの冷泉で冷たく感じます。
もう一つは、昭和の時代に湯船を掘ろうとしたら湧き出した31℃の渋長寿湯、泉質はほぼ同じですが、湯船の底の桟の下からブクブクと炭酸ガスの泡とともに湧き上がってきます。御殿湯とはたった4度の違いがとても暖かく感じます。そしてブクブクの天然ジャグジーが実に気持ちが良いのです。
あいにくの天気で山登りはしませんでしたが、近くの御射鹿池(みしゃがいけ)に寄りました。ここは東山魁夷の「緑響く」のモチーフになった場所と言われます。作品をイメージして撮ってみました。周りが柵で囲まれていて池畔に出られないのが残念です。
白馬には遭いませんでしたが、この辺は夕方になると道端に鹿の群れがいっぱい。子鹿が車にぶつかってきて危うく轢いてしまうところでした。
< 長野県の渋温泉に行ってきた >
志賀高原の上り口にある渋温泉には、昔ながらの旅館街が今も残っている。街の一番奥にある温泉寺から横湯川に沿って、温泉旅館がずらりと建ち並ぶ。旅館街を歩いていると、車がやっと通れるくらいの縦の筋と、宿と宿の間を人がやっと通れるくらいの横の筋が交差していて、探検すると面白い。
旅館は35軒ほどの小さな温泉街なのに、共同浴場は9つもある。数軒歩くとまた共同浴場に出会う。共同浴場は地元の人たちと宿泊客が利用することができる。ただし、渋温泉の源泉は高温のものが多く、どの浴場もかなり熱い。
この温泉街のなかで、ひときわ目を引くのが金具屋旅館だ。金具屋には「斉月楼」という木造4階建てのタワー棟がでんと建っている。屋号の通り、金具屋はもともと鍛冶屋だったという。江戸時代、土砂崩れの跡から敷地内に温泉が湧き出したことをきっかけに温泉旅館を始めた。
その後、湯田中まで鉄道が開通すると、善光寺参りの客も取り込もうと、豪華な観光旅館を目指すようになる。金具屋六代目は宮大工を連れて全国の観光地を巡り、気に入った建物や建築の工夫を集大成したような、遊び心のある旅館建築を造ろうとしたのだ。そこで建てたのが斉月楼と大広間だ。
斉月楼は、建物を囲むように長さ15メートルもの通し柱を13本立ち上げた高層木造建築。内部には4層吹き抜けの階段があり、窓には富士山をあしらい、照明は月を模している。さらに、客室を一軒の家に見立て、客室へ続く廊下を路地に見立てるなど、趣向が凝らされている。
この建物が、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」に登場する油屋のモデルになったのではないか言われるが、実際は定かではない。それでも、「千と千尋の神隠し」の人気のおかげで、それまで「古臭い」と見向きもされなかった木造の高層建築が、改めて注目されるようになった。
もう一つの見どころが、裏山の中腹に建つ木造2階建ての大広間だ。こちらはなんと130畳敷き。西洋風のトラス構造を取り入れ、柱を1本も立てずに広大な空間をつくっている。
これらの二つの昭和初期の建物は、それぞれ登録有形文化財になっている。宿泊客を対象に解説付きの見学ツアーも行われている。
この宿には4つの自家源泉があり、泉質に応じて浴場だけでなく部屋の暖房や洗面台の湯などにも供給されている。希望すれば源泉見学ツアーにも参加でき、今も残る江戸時代に湧出した源泉を見たり、泉質の違いを体感したりすることができる。中でも圧巻は川の対岸を70mボーリングして掘り当てた源泉。バブルを開けるとほぼ沸点の熱湯が地中から勢いよく吹き上がってくる。
渋温泉から横湯川を少し上流へたどると、志賀高原から流れ下る峡谷の出口に地獄谷温泉がある。ここは野生の猿の群れが温泉に入ることで世界的に有名になった。近年では、冬の雪景色のなかで温泉に浸かる「スノーモンキー」を見に来る外国人観光客が絶えないと聞く。久しぶりに立ち寄ってみたが、夏の暑さのせいか入浴している猿は居なかった。
< 四阿山の麓、標高1400mにある米子大瀑布へハイキング >
須坂市の街外れから終点の駐車場のあるところまで、10kmもの一本道をひたすら山奥へと進む。舗装はしてあるが、とにかく長い1車線の山道だ。紅葉シーズンは詰まってしまうのでマイカー通行禁止になるそうだ。
駐車場からは一周1~2時間の山歩き。不動滝(高さ89m)、権現滝(高さ82m)の二つの滝が四阿山のカルデラの断崖から落ちている。二つの大滝をは同時に見られるところは日本広しといえどもめずらしい。
二つの滝の下には米子不動尊奥之院があって、滝が御神体になっている。古くから山岳修験道の霊場になっているそうで、途中、滝行のグループにも遭遇した。
近くには奇妙滝(高さ60m)もあって、滝の真下まで近づくことができる。
< シュワシュワで気持ち良かった長湯温泉 >
大分県の長湯温泉と言えば河原のガニ湯が有名ですが、藤森照信氏設計のラムネ温泉館の露天で入浴できるラムネ温泉がとっても気持ちが良いのです。
遊離二酸化炭素を多量に含む温泉は全国的にもめずらしい。それも無味無臭無色透明の炭酸水。たいていは鉄分や塩分を含んでいて酸素に触れると赤茶けてきたり、温度が高いと炭酸ガスが抜けてしまったりします。
ここの温泉は、32℃の温めのサイダー。夏向きのめっちゃ気持ちのいい温泉です。入っていると体中がシュワシュワの泡で包まれてきます。タープの下で緩い日差しを受けながら、ずーっと入っていたい天国の温泉です。
< しびれる冷泉、寒の地獄 >
標高1100mにある寒の地獄温泉は、江戸時代開湯の霊泉。14℃の硫化水素泉が大量に湧き出しています。地獄の名の通り、跳び上がる冷たさの冷泉に我慢して入ります。近年これに熱めのサウナを組み合わせて若者に人気の温泉宿になりました。
私はサウナも苦手なので寒地獄・熱地獄の二重苦行になりました。もちろん、冷泉を加温した湯もあります。
7月に家族で大分の温泉地へ。
行き帰りの途中、日田市豆田町の重要伝統的建造物群保存地区、玖珠町の旧豊後森機関庫、諫山創の故郷日田市大山町にある進撃の巨人 in HITA ミュージアムなどに寄りました。
近くに金鉱のあった日田は江戸時代初期に天領となり陣屋が置かれました。日田は交通の要所でもあり九州の幕府直轄地支配の拠点として発展、現在も商家の家並みが残っています。この日は祇園祭で、山鉾が曳き廻されていました。
先ほどのとは別の山鉾です。
くじゅう連山の麓には、冷たい炭酸水の湧き水が出るところが何ヶ所かあります。
炭酸水としてそのまま飲むことが出来ます。
群馬・長野県境の高峰高原から、浅間山(2568m)の外輪山である黒斑山(2404m)、蛇骨岳(2366m)に登ってきました。
今、浅間山は噴火警戒レベルが1になっていて、火口近くの前掛山(2524m)まで登ることが出来るためでしょうか。登山者で賑わっていました。時間の関係で前掛山までは行きませんでしたが、外輪山からも前掛山の山頂に多くの人影がわかりました。
登山道を歩いていたら、至近距離でニホンカモシカに出会いました。
なんと、カモシカとバッタリ
こんなに近くは始めて
奇岩がいっぱい。群馬県の妙義山を歩いてきました。
この山は標高1100m程度と高くはありませんが、稜線近くは切り立った絶壁が続いていて危険なので、歩いたのは石門巡りルート。いくつもの不思議な岩のアーチをくぐるコースです。それでも鎖場や岩の上を歩くところがあってちょっと怖いです。
妙義山まで来たので、富岡の旧製糸場を見学してきました。
市街地の一角、鏑川の段丘崖の上に立地しています。製糸場の門前近くは古い歓楽街になっています。
明治5年に開業した官営製糸工場で、のちに三井、原、片倉などの変遷を経た後、1987年に操業停止、2005年に富岡市に譲渡されました。この間の片倉工業による「売らない、貸さない、壊さない」維持管理の取り組みが今になって評価されています。
旧富岡製糸場は2005年に国の史跡に指定され、2014年に世界遺産に登録、東置繭所、西置繭所、繰糸所の3棟が国宝に指定されています。製糸工程だけでなく、ボイラーや変電室、独身寮や社宅、御雇外国人のための居宅など、歴史的な構築物が一揃えで保存されているのが特徴です。現地では、修復、公開への作業が今でも続けられています。
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