趣味・旅・遊び

2021/05/30

岡田を散策してみました。

知多市岡田地区は、情緒のある古い家並みの残っているところ、知多木綿発祥の地とも言われています。普段は街道を通り抜けるだけですが、旧道や高低差のある斜面の小径を歩いてみました。

伊勢湾に面した臨海工業地帯を望む丘の上には、立派な神社と料亭があります。谷を挟んだ反対側の丘の上には大きななお寺があります。谷に沿って走る旧道に面して古い家並みがあります。なんと旧郵便局の隅巴瓦には〒マークが。

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ちょうどお昼だったので、ご飯と海苔と味噌が自慢のおにぎり屋さんに入りました。古民家を改装した店で、向かいのおかき屋さんがやっているのだそうです。となりの建物は岡田のクラフトビールOKD”のブルワリーになっています。梅とか無花果とか地元のフレーバーが入ったものが有ります。
その場で呑めなくて残念。帰ってからにします。

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2021/04/27

いよいよ今月末に「ちたブルーベリー」がオープン

以前、東浦町にお住まいの方が気の合う仲間と、何年もかけて竹林に覆われた耕作放棄地を開墾し、アメリカンテイストのブルーベリー農園に生まれ変わらせたお話をしました。それがいよいよ4月29日からオープンします。日祝は昼間、土曜日は昼夜間の開園で、バーベキュー、カフェ、ブルーベリー狩り、レンタルスペースなど、空と土と緑を感じながら自由な時間を過ごせる居場所として営業をします。
 →https://chita-blueberry.com/
 →https://www.instagram.com/chita_blueberry/?hl=ja

以前は晩秋の風景でしたが、萌え出づる春景と夕景をご紹介します。

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2021/03/30

伊那谷からの南アルプスの眺望

4月を目前にして、急に暖かくなりました。急速に雪が融けて、雪山が恋しくなる時期でもあります。

中央自動車道からの南アルプス連峰の眺めはすばらしいです。でも、南アルプスはどれがどの山か、わかりづらいです。

伊那谷からの南アルプスの眺望について詳しく書かれたサイトがありました。

伊那谷からの南アルプスと中央アルプスの展望~駒ヶ根と飯島町から~ - 安曇野 大好き! (fc2.com)

これを参考に、自分が以前撮った写真に山の名前を入れてみました。こんな感じでしょうか。大きくは違っていないと思います。

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日本の山とはまたスケールが違いますが、こんなサイトもあります。

【図解】ヒマラヤ8000メートル峰全14座 (msn.com)

ヒマラヤは、ブータンでチラッと見た以外は、まだ近くまで行ったことがないし歩いたこともありません。

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2020/11/23

3連休最後の日はプチドライブに。その後、隈研吾氏の講演会へ。

3連休は、どこへも出掛けませんでしたが、急に思い立って早朝ドライブに出掛けました。行先は豊田市小原。四季桜は7分咲き、紅葉は盛りを過ぎたくらいでしょうか。雲の切れ目から差し込む陽光に小ぶりの桜花が輝いて豪華絢爛。年に2回咲く桜と紅葉と饗宴でもあります。
小原の四季桜は、藤本玄碩という医師が約200年前に植えたのが始まりだそうです。マメザクラ×エドヒガンの雑種とされ、花は一重で白~淡紅色です。夏の間に膨らんだ花芽が秋から冬にかけて順次咲き、残った小さい花芽は冬を越して3月中頃に咲き始めます。春は花と同時に葉が出て、花の数も秋に比べて少ないとのことです。

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昼前にはドライブから帰ってきて、午後から、東海市で開催された隈研吾氏の講演会へ。ネットで事前に応募、運良く整理券が当たったので聴きに行ってきました。

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隈研吾氏は、「まちづくりと建築の未来」と題して、自ら関わった建築に挙げ、「歴史を活かす」「環境を考える」を念頭にまちづくりに携わっていることをお話しされました。歴史では「日本ほど祭りが残っている国はない」。環境では「二酸化炭素の排出抑制、木造の建築、warkableであること を重視している」との言葉が印象に残りました。講演の最初に聞きかじった部分と、次々にスライドで紹介された作品について以下に記しておきます。

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最初に紹介した作品は、5代目歌舞伎座。江戸時代には江戸四座と呼ばれた歌舞伎興行を許された芝居小屋があったが、劇場単独ではなく周囲のまちも伴って芝居街を形成していた。体制批判の拠点とみなされ(防火のためでもある)間口制限があったために、花道が考案されるきっかけになった。
歌舞伎座は国営ではなく松竹が経営している。初代歌舞伎座は明治時代にパリのオペラ座をモデルに木造で建てられた。しかし帝国劇場が完成、西洋風では帝劇にかなわないので、骨組みを残して日本風に大改装した。これが漏電火災で焼失したので、大正時代に岡田信一郎が、その後の歌舞伎座の原型となる大屋根唐破風の3代目歌舞伎座を設計した。ちょうど関東大震災後の復興期だったので、多くの銭湯が入口の屋根のデザインを真似た結果、唐破風の銭湯が流行になった。
昭和20年、歌舞伎座は空襲で外郭を残して焼失。これは仇討ちや切腹などの思想的背景となる場所を狙い撃ちしたと言われている。戦後、GHQに理解者がいたため、早くも1951年に中央の大屋根はないものの原型を引き継いだ4代目が再建された。設計者は吉田五十八。岸信介や吉田茂の私邸も設計していて、五十八でないと首相になれないと言われたそうだ。
新しい5代目歌舞伎座は、ファサードに吉田五十八のテイストを残し、庇を深くして陰影をつくること、バリアフリーにすること、地下鉄に直結すること、高層オフィスビルとし賃料収入で劇場経営を支えることを考えた。当時の石原都知事は四角い箱形のビルを好んだが、扇国交相は坂田藤十郎算の妻であったせいか伝統を残すことに好意的だった。昔の芝居街のようにまちににぎわいが生まれるように晴海通りと木挽町通りに面したところには地下鉄から一旦出て歩く導線をつくった。江戸の四季の時間帯に合わせて季節ごとのライトアップをすることにした。内部の手すりなどには旧歌舞伎座の部材を再利用した。椅子は前後・左右で5cm大きくして、どこからも花道が見渡せる1800人収容の横長の観客席とした。
その後、名古屋の御園座、大阪の新歌舞伎座の建替えにも関わらせてもらった。

栃木県那珂川町の馬頭広重美術館では、木造の建物の中に、神社のある背後の里山に向かって参道を通す試みをした。木や石や紙はすべて地元産を使った。山の神社では祭りが行われる。日本ほど祭りが残っている国はない。これはコミュニティの結束ともつながっている。中国では春節など暦は残っているが、祭りは全く残っていない。

新幹線の駅前には人が行かないと言われている。長岡も例外ではない。長岡市は、敢えて郊外から駅前に市役所を移転した。1階はタタキの土間のある空間とした。木材は街から半径15km以内のものを使った。中にレストランはつくらない。市長の街に出て食事をして欲しいとの考えからだ。どうしたら人が来るか。NYのブライアントパークの例でもわかるように、ベンチでは人は来ない。一人がけの机を据えてイベントを行うようにしたら、4年で500万人の人が来るようになった。

その他、春日井のGCプロソミュージアム・リサーチセンター檮原 木橋ミュージアム太宰府のスターパックスコーヒー浅草文化観光センター新国立競技場中国美術学院民芸博物館ブザンソン芸術文化センターダリウス・ミヨー音楽院パリのサンドニ・プレイエル駅V&A ダンディエスキシェヒルオドゥンパザル近代美術館ポートランドの日本庭園オーデンセのアンデルセン美術館デンマーク・ウォーターカルチャーセンター などの事例紹介がありました。

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2020/10/18

猿投山へプチハイキング。見所いっぱいです。

きのうの寒波で御岳山もしっかり冠雪。木曽駒ヶ岳など中央アルプスも上の方が真っ白になっていました。緒川於大が丘で撮影しました。

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さて、雲が多くて天気はイマイチですが視界は割と良さそうなので、猿投山に登ってきました。中央アルプス(木曽山脈)の末端の一つで、尾張・三河の平野部から最も近くで目立つ山として、古くから信仰の対象になってきました。
猿投神社から林道を上がって東の宮の登山口から山頂へ向かいました。途中、展望台に上がって眼下に広がる豊田市内の眺望、少し遠くは知多半島や名古屋港も見えます。名古屋市街地は尾根に隠れて見えません。
頂上でお昼を食べて西の宮を通って下山。杉林の中に栂の大木や広葉樹の混じった森林の中を歩きます。猿投山は花崗岩が風化してできた山。川沿いの道からは多くの滝を見ることができます。最後に猿投神社でお参りをしてきました。

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 展望台からの眺望です。下界を見るなら山頂よりもこちらがお薦め。
 手前は豊田の市街地。豊田スタジアムも見えています。奥に見えるのは岡崎の市街地です。

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 三河湾を隔てて見える細長い陸地が知多半島です。

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 名古屋港も見えます。伊勢湾を隔てて鈴鹿山脈の稜線がうっすら。

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 この先の山上に猿投神社の奥社、東の宮があります。

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 頂上(629m)はハイカーで賑わっていました。丸太のベンチがあるのでそこでお昼を食べたりお茶を飲んだり。
 眺望は瀬戸方面しか見えません。

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 スギの中にツガの巨木がそそり立っています。

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 カエル岩と呼ばれる花崗岩。看板に落書きしないでくださいと書いてありました。

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 こんな滝があちこちに。昨日の雨のせいで迫力があります。近くの河床には、天然記念物の球状花崗岩(菊石)の露頭が見えるところもあります。

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 猿投山の麓にある猿投神社の本社。祭神は日本武尊と双子の大碓命と言われています。立派な社殿です。

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2020/10/03

五井山からの三河湾の眺望が素晴らしい

蒲郡の五井山に登ってきました。最近、プチ登山の行先として眺望の良い近場の山が注目されているようです。よくご存じの方に聞いたところ、登り口はたくさんあるそうで、宮路山から五井山への縦走ルートを薦められましたが、まずは手っ取り早く最短ルートで登ることにしました。
旧三河湾スカイラインの東の起点 国坂峠近くから五井山頂上に通じる林道のゲートのある地点から尾根を直登する登山道があります。入口がちょっとわかりにくいですが、木にテープが巻いてあったり、人の踏み跡もしっかり付いているので、迷うことはなさそうです。車はスカイラインの起点近くの駐車帯に置いて歩くことにしました。山頂の標高は454m。国坂峠から標高差250m程、一時間弱の行程です。頂上は視界を遮る物のない平地になっていて、手づくりのベンチなどもあってのんびりできます。眼下は蒲郡市街。三河湾の眺望が素晴らしいですが、あいにくの曇り空だったのが残念です。

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山頂から少し西側に降りたところにパラグライダーの離陸場があって、大空に気持ちよさそうに飛び立っていくところを見ることができます。

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蒲郡と言えば竹島でしょうか。私は、今回初めて行きました。花崗岩でできた島です。12世紀に歌人としても有名な藤原俊成(藤原定家の父)が三河の国守を務めていた縁で、琵琶湖の竹生島から市杵島姫命(弁財天)を勧請して、竹島に八百富神社を創建したのだそうです。竹生島、江ノ島、厳島などとともに日本七弁天に数えられています。島内には5つの神社があり、島が丸ごと神域となっています。
島に行くには歩いて橋を渡るのですが、橋の上に鳥居がかかっているのは日本全国でここだけらしいです。昔は丸太で筏を組んで陸地と島を結んでいたこともあったそうですが、海が荒れたときなどに落ちて亡くなった神職も居たそうです。1932年(昭和7年)ここに橋を架けたのは名古屋の繊維問屋(現タキヒョー)の経営者 瀧信四郎でした。信四郎は対岸に料理旅館「常盤館」(1912年)や丘の上に国際観光ホテル「蒲郡ホテル」(1934年)を開業し、蒲郡の観光開発を進めました。その後、常盤館は取り壊され、蒲郡ホテルは、蒲郡市、西武グループなどの所有を経て、現在、浜松の呉竹莊グループが「蒲郡クラシックホテル」として運営しています。

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ラグーナテンボスの隣接エリアに、ちょっと変わった住宅展示場があると聞いたので行ってみました。ここは住宅展示場として見学できるのはもちろんですが、モデル住宅にホテルとして泊まって各住宅のライフスタイルを体験できるのだそうです。ラグナシアのある海辺に面したロケーションを活かして、昼は住宅展示場、夜は宿泊施設として営業しています。民泊として宿泊施設を運営している関係で、各戸は基本的に床面積35坪以下にしているのだそうです。その分、吹き抜け構造にして空間を確保し、核家族化に対応したコンパクトで個性的なデザインになっています。

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2020/09/21

知多半島西海岸めぐり

近くに住んでいるだけあって、ふだん何気に通過する知多半島の海べり。休日の知多半島西海岸をマイペースで巡ってみました。

「時間(とき)の森」へ、また来てしまいました。伊勢湾を見下ろす内海の絶景スポット。居るだけでとにかく気持ちがいいです。ここをつくった人が言うには、これは私設の公園なのだそうです。まだ十分の一くらいしかできていない未完成の公園で、完成イメージは作者の頭の中にあるそうです。これからどうなるのか楽しみです。

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小野浦で偶然こんなものを見つけました。右から「内海トンネル」と書いてあります。昔街道だった山沿いの道から海岸に降りるために昭和初期に地主さんが掘ったトンネルだそうです。網がしてあって中へは入れません。

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以前から行ってみようと思っていた「南洋の父サウス」。名前の由来は知りませんが、かなりインパクトのあるネーミングです。豆やパイナップルやポーク、チキンを使ったカレーの専門店です。ちょうど海岸にあって、海を間近に眺めることができるテラス席と、海の家のような仮設のステージがあります。ここに上がると名古屋港に出入りする船やセントレアに着陸する旅客機、海の向こうの鈴鹿の山々が親しげに見えてきます。やはりロケーションと眺望は大事です。

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上野間の海岸の程近くに「如意山 大仙寺」という山を背に建つ立派なお寺があったので、ふと寄ってみました。この辺りでは珍しい臨済宗のお寺です。裏手の山を少し上がったところには海の見える墓地があります。さらに上がると山頂に「産業組合神社」という変わった名前の社がありました。

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美浜から常滑に入ると空港がすぐ近くに見えてきます。坂井海岸ではカイトボードをやっていました。いい風が吹いているのでジャンプしながらかなりのスピードがでています。筋力要りそうですが水面を滑るように走れたら気持ちいいでしょうね。

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小鈴谷の海べりには「ねのひ」ブランドの盛田酒造があります。ソニーの創業者 盛田昭夫氏の実家、盛田家の家業です。昭夫氏はソニーの経営者でありながら、盛田家の当主でもありました。昭夫氏がニューヨークで使っていた車のナンバーは「AKM 15」。これは15代目の盛田久左衛門襲名の証です。盛田 味の舘に入るといきなりウォークマンをもった昭夫氏がでーんと目に入ります。技術者であり経営者であり社交家でもあった昭夫氏はマイケルジャクソンなど多くのアーティストとも親交がありました。付近には酒造工場や盛田本家、盛田昭夫塾鈴渓資料館などが並んでいます。盛田昭夫塾は盛田夫妻の人となりを紹介する記念館で、今年7月にオープンしました。見学には事前予約が必要です。

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2020/09/03

南知多の絶景スポット

週末にSNSで話題になっていた伊勢湾の眺望スポットに行ってきました。知多半島最高峰の高峯山に通じる狭い山道を上がっていくと「時間の森(ときのもり)」と名付けられた扉があります。扉をくぐって、少し坂を上がると急に眺望が開けて、眼下に伊勢湾とその向こうに続く鈴鹿と紀伊山地の山々が飛び込んできます。
海を見下ろす高台には、木のテラスがしつらえてあって、テラスの下にはハンモックとちょっとした読書スペースが、テラスの上にはイスとパラソルが置いてあります。そして、すぐ近くには南国風のバーカウンターがあってお酒を注文することもできます。温かいサンドイッチやソフトドリンクもあります。ここ2年くらいの間に若い人たちがコツコツ場づくりをしてきたようです。

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夕暮れ時に海の向こうに日が沈んでいくのをながめながら、地上の昼間とはひと味違うそよ風をうけて、のんびりグラスを傾ける時間(とき)の過ごし方も悪くはありません。近年、ロケーションと眺望を上手に楽しむ流れができてきたように感じます。

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2020/08/30

岡崎市美術博物館に行ってきました。

岡崎市美術博物館のマイセン動物園展を観てきました。ドイツのマイセンはヨーロッパの磁器の産地として有名です。中国や日本の伊万里焼などの影響を受けて発展してきました。そのマイセン磁器でつくった装飾の付いた壺や動物を表現した作品が展示されています。白く透き通るような地肌に彩色や細かい装飾が施されています。

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Dsc02562800pnnn ところで、昔、マイセンを訪れたときに、シンプルで実用的なマイセン磁器の食器などを土産に買おうとしたのですが、手頃な値段のものが見つかりませんでした。たまたま泊まった民宿のような小さな宿の朝食で出てきた茹で卵をのせる器がシンプルで可愛かったので、売ってもらったことを思い出しました。これをマイセン焼と言えるかどうかはわかりません。たしか200~300円だったと思います。ところがつい先日、妻が台所の食器棚を整理した後に、その器がごみ袋に入っているのを発見して、あわや、すんでの所で救出したことがありました。私にとっては旅の思い出ですが、妻は古くて使っていない器くらいにしか思っていなかったようです。

岡崎市美術博物館は、市街地を見下ろす山の中の斜面を利用した建築です。溜め池のある谷を挟んだ対岸には東屋が配置されハイキングコースになっています。ちょっと話しは飛躍しますが、清水寺の音羽の滝のある谷を挟んで対峙する尾根に三重塔が見えますよね。それを目ざす気分で池を渡って対岸を歩いてみました。

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帰り道に、東公園の一角にある旧本多忠次邸に寄りました。東名岡崎インターのすぐ近く、幹線道路から見える目立つ場所にあります。本多忠次は、徳川四天王の一人と言われる本多忠勝から数えて17代目の当主 忠敬(岡崎市名誉市民)の次男。この邸宅は、昭和7年に彼が自ら設計して建てたスパニッシュ風の洋館で、中は和洋折衷、世田谷にあったものを平成24年に移築・復元したものです。延べ床面積522㎡の建物で、戦後は一時GHQに接収されマッカーサーの顧問弁護士が住んでいた時期もありましたが、忠次が103歳で亡くなるまで住居としていました。本多家は代々、桑名藩主、姫路、大和郡山、刈谷藩主などを務め、幕末は岡崎藩主でした。15代忠民は京都所司代と老中を務めています。

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2020/07/26

4年前の旅の思い出

せっかくの7月の4連休ですが、残念ながら、家で雑用を片付けながらのんびり過ごしています。昨日は冷蔵庫の大掃除をしました。

ちょうど4年前の7月、直前に3連休が確定して急遽、秋田の温泉旅行に行ったことを思い出しました。予約無し、フットワークの軽い、秘湯のひとり旅。田沢湖ブルーのルーツを探る旅にもなりました。強首温泉、田沢湖、乳頭温泉、玉川温泉などを巡った記事です。東北の温泉は本当に癒やされます。

夏休みをとって、秋田の温泉巡りをしてきました。

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